君たちはなぜ走るか、と問われて。

   

君たちはなぜ走るか

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昨日、Onの掲載誌がオフィスに届いた。俺が空手を始めた頃から愛読している雑誌「Tarzan」だ。

君たちはなぜ走るか
13歳だったあの頃、少しでも身体を鍛えたいと考えていたが、当時は当然ネットなどなかった。

情報は本や雑誌、あるいは人から直接教わるしかなかった。そんな環境で、トレーニング情報を噛み砕いた形で教えてくれるTarzanはとても貴重だった。俺が人並み程度には強くなれたのは、Tarzanのおかげも大きい。

 

さて、今回届いたTarzanの表紙には、「君たちはなぜ走るか」と掲げてあった。

実に哲学的だ。どのような話を読ませてくれるのか、期待しながらページをめくり始めた。

ところが、最初からいきなりつまづいてしまった。つまづいたというより、頭の中に「?」が踊り、次いで少し悲しくなったというのが正確だ。

その気持ちは、瞬間的に Twitter につづった。

 

 

特集の最初には、「まずは目標を定める」とある。その項目は、こういう文章から始まっている。

 

走りたいから走るのは、根っからのランナーだけ。それ以外の大半の人にとって、ランニングは目的ではなく手段にすぎないから、「何のために走るのか」という目的をきちんと設定しておくべき。

君たちはなぜ走るか_1

 

「大半の人にとって、ランニングは目的ではなく手段にすぎない」

 

…確かにそうかも知れない。実際、俺も最初は「仕事になったんだから走らなきゃ」と思ってランニングを始めたのだ。

ダイエットしたい、身体を引き締めたい、医者から運動しなさいと言われた、そういう理由で始める人は多いだろう。ランニング自体を目的として走り始める人は、あまり多くない。それは事実だと思う。

しかし、「君たちはなぜ走るか」という哲学的なテーマを掲げる特集の最初がこれでは、少し浅すぎないか。

 

「ランニングは手段にすぎない」と断じてしまうなら、ランナーはなぜ走り続けるのだろうか。

もし本当にそれが手段にすぎないのであれば、いつか走ることを辞めてしまうだろう。ランニングを文化として社会に定着させることも難しくなるだろう。

一方、ランニングそれ自体を楽しいものとして、言いかえれば「ランニングを目的として」走っている人が多い社会では、ランニングが文化として定着している。

俺がこの目で見てきた限り、スイスにはランニングが文化として定着している。それは、ランニング自体を目的に楽しんでいる人が多いからだ。

哲学的、少なくともそう見えるような体裁でランニングを取り上げるなら、もう少しくらい踏み込んでもいいのではないか。

 

そして、何だこれは。

君たちはなぜ走るか_2

 

機能性に優れた最新版でコーディネートすると、バリバリのシリアスランナー然としたいでたちに仕上がりやすいのだ。
そんな格好で朝っぱらからマンションのエレベーターで隣人に会うのは小っ恥ずかしいし、いざ走り出してもウォーキングに毛の生えた程度ではカッコがつかない。
シューズもウェアも、普段身につけても違和感のないアスレジャーテイストでまとめた方が無難。

 

 

あえて言わせてもらおう。

 

 

アホか。

 

他人の目なんて気にしてんじゃねーよ。

 

 

自分の好きなシューズとウェアで、テンション上げて走ればいいのだ。「自分が」楽しければいいのだ。

そもそも、とりたてて交流もない「マンションの隣人」など、俺たちが何を着て走ろうが気にしちゃいない。断言してもいいが、ランナーでない他人は、俺たちが何を着て走ろうが全く興味はない。少なくとも、かつての俺にとってはどうでもよかった。

小っ恥ずかしいだの、カッコがつかないだの、無難にした方がいいだの、自意識過剰としか言いようがない。そんな自意識で自分を縛って、やりたいことや楽しいことを抑えつけることに何の意味があるのだ。

 

……とまあ、「CHECK! 01」「CHECK! 02」という、特集記事のごく最初の方でつまずいてしまったというわけだ。

大きくため息をつきながら、パラパラとページをめくっていくと、ようやく見たいページにたどり着いた。

君たちはなぜ走るか_3

 

クラウドフライヤー ウォータープルーフ
ウェザージャケット
ハイブリッドショーツ

 

うむ、「機能性に優れた最新版」で見事にコーディネートされている。見ようによっては、「バリバリのシリアスランナー然」としている。

で、この格好で朝っぱらからマンションのエレベーターで隣人に会ったら小っ恥ずかしいか?

 

もう一度、あえて言わせてもらおう。

 

なめんな。

 

むしろ誇らしいわ。

 

 

結局のところ、俺たちは楽しいから走り続けている。

走った後で「仕事で疲れてたけど、やっぱり走ってよかった!」という人はたくさんいるが、「やっぱり走らなきゃよかった!」と言う人には、まだ会ったことがない。

つまり、「走ることは楽しいこと」だと気がつく瞬間が必ずくるのだ。いつか、ランニングそれ自体が目的になるときがくる。何故なら、楽しいからだ。幸せな気分になるからだ。

「遅いくせにガチなのを見られたら恥ずかしい」などという、つまらない自意識はいらない。そんなつまらない自意識をあおる意見は放っておけばいい。そんなものは、自分をどこにも連れて行ってはくれないからだ。

それを脱ぎ捨てて、自分自身の楽しさを追求して走るとき、「君たちはなぜ走るか」という質問の答えは自ずと出ていることだろう。

 

次回に続く

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