人生を変えた自問自答。俺は何がしたいんだ。

      2017/01/23

空手着

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コバさんたちが帰ってから、ずっと座って考えている。外はすっかり暗くなってしまった。

 

「おまえは何がしたいんだよ」

 

コバさんが繰り返しぶつけてきたこの質問は、俺の心の中に大きな波紋を広げたようだ。その質問をされたとき、俺は「何をすべきか」ばかり話していた。そのたび、コバさんは「そうじゃなくて、おまえは何がしたいんだよ!」と真っ赤な顔で叫んだ。

 

「何をすべきか」ではなく、「何がしたいか」など考えたことはなかった。俺が至らなかったからこうなった。それなら、俺はこうしなければならない。それでもうまくいかないのは、俺がまだ至らないからだ……そうずっと考え続けていた。俺が至らないから責められるのだと思っていた。

 

…本当にそうなのだろうか。根本的に間違っていなかっただろうか。義務感だけで何かをしたところで、それがうまくいくものだろうか。幸せにつながるのだろうか。

でも、本当は何をしたいのか自分に問いかけてみても、はっきりとした答えは見つからない。「何をしたいか」と考えると、すぐに靄がかかったように考えがまとまらなくなってしまう。

 

試しに、好きだったものを思い出してみる。

 

昔、本を読むのが好きだった。椎名誠のバカバカしいまでの青春モノや旅行記が好きだった。「哀愁の街に霧が降るのだ」「ロシアにおけるニタリノフの便座について」など、大笑いしながら読んだものだった。

あるいは、ジェイムズ・ヘリオットのシリーズものも好きだった。「ヘリオット先生奮戦記」は、笑えて感動もできて最高だった。読み終えたあとは、いつも温かい気持ちになれた。

マンガもゲームも映画も好きだった。共通していたのは、ハッピーエンドが好きだったというところだ。笑えて熱くなれて、最後に感動させてくれるものがいつも好きだった。

諸々の問題のためにできなくなってしまったが、空手も好きだ。俺の人生を大きく変えたものを挙げろと言われれば、間違いなく空手を一番最初に挙げるだろう。自分の弱さを自覚すること、「こうありたい」と目指すものに向けて努力すること、そして一つ一つ達成できて、「自分は前より少し強くなった」と分かったときの充実感。空手を始めて良かったと心の底から思える。

空手着

 

「何をしたいか」と考えるとボンヤリしてしまったが、「何が好きか」と考えると具体的にいくつか浮かび上がってきた。笑えること、熱くなれること、感動できること、そういうものが好きだったらしい。

 

それなのに、そのどれも、今はどこにも見当たらない。好きなものがどこにもない。そこに気がついて愕然としてしまった。

 

「そんな状態で生きるのは嫌だ」

 

直感的に、そう思った。今は22時、もう5時間も考えていたことになる。それだけ長いこと考え込んで、「そんなの嫌だ」が結論とは、どれだけ頭が悪いのだろう。しかし、単純な結論なだけに、間違いないのだと思った。この状態で生きるのだけはごめんだと。

 

俺は自分の部屋に戻る。いつもの通り、ドアノブに手をかけるときが一番緊張する。心拍数が上がる。それでも、もうこんな状態は止めにしなければ。それが俺のしたいことだ。

部屋には、ソファに座ってテレビを観ている妻がいた。子供も義母もいない。もう眠っているのだろう。俺もソファに座った。

「話があるんだ」と切り出すが、妻はこちらを見ない。もう2週間ほどこんな状態なので、慣れてきた。前を向いたままの妻に向かって、先ほど決めたことを告げる。

 

「もうこの状態は止めにしよう」

 

すると、無表情のままこちらを見た彼女は、抑揚のない声でこう言った。

 

「今ならまだ間に合う」

 

何のことを言っているのだろうか、と首を傾げる。夫婦関係はもう何年も前から破綻している。「何が?」と聞く。

 

「あの子が3歳になる前、今なら間に合う。あなたの記憶を消してあげられる」

 

耳を疑ったが、それを聞いて決心がついた。このまま生きていても、きっともう先はない。勇気を出して、一歩先へ。

 

「分かった、離婚しよう」

 

次回「パンイチ空手の真実」に続く

※ 楽しくない話かも知れませんが、もう少し続きます。よろしければ、下の応援バナーのクリックをお願いします。
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