道が少し拓けたとき。

   

Cloudracer13

前回「迷いと怯え、そして最後の日」に戻る

 

実家最後の日からほんの1ヶ月後、俺はひとりになった。

 

「家は場所のことじゃない。人の心のつながりのことだよ」

 

そう自分に言い聞かせてからわずか2ヶ月後、俺にとってのつながりがまたひとつ消えて無くなったわけだ。

苦しい判断ではあったが、後悔はなかった。そうしないと、もうどうしても先に進めなかったからだ。あのままでは、「おまえは何がしたいんだよ」と聞かれたところで、一生何も答えられなくなっていただろう。

鎌倉のマンション

 

しかし、先に進もうとした矢先の2012年12月、それまで7年ほど取り組んできた仕事から外されることになった。新しくやることになった仕事は全くの未経験。手探りもいいところだった。それでも自分なりに一生懸命取り組んでみた。

Cloudracer13

 

それなのに、それすら終わりになると告げられた。あの最後の日から2年後にあたる。大事な場所がなくなり、子供もいなくなり、金もなくなり、目指すものもなくなり、結局何もなくなってしまう。そう思ったとき、何もかもがどうでもよくなってしまい、五反田駅のホームの下が魅力的に見えた。

黄色の線を超えてしまってからギリギリで我に帰り、慌てて鎌倉の家に戻った俺は、パンイチ空手をしてからじっと考えた。さっき五反田駅では「もうどうでもいいや」と思いかけたが、本当にそうか。

 

もっと稼げていたら。もっと金があれば。

 

あの頃そう思って自分を責めたが、金が無ければ不幸せ確定なのか。この2年、離婚調停やそれに続く金銭問題などで、金はどんどん無くなっていった。それでも、楽しいと思えること、幸せを感じることはあったはずだ。

そこまで考え、深呼吸し、少し落ち着いた。さて、現在の状況を確認してみよう。現在、残高15,000円。次の給料日まで3週間。やっぱりシャレにならん。やっぱり不幸せ確定か。

 

「はぁ。。まあ生きてるし」

 

そう小さく口に出してみると、不思議と覚悟が決まってきた。人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ。昔、偉い人がそう言っていた。色々無くし、所持金15,000円で焦り、パンイチで運動する男。引いて見れば、なかなかのバカバカしさだ。

幸せでないと思い込むのは何故だ。執着するから苦しむのではないか。会社に、金に、家に。逆に、その瞬間を純粋に味わうとき、軽やかに楽しむとき、ささやかな幸せは確かにそこにあったのではないか。

だから捨て鉢になるな。人生を投げ出すな。自分が本当は何をしたいのか、一生かけて見届けろ。そう思い定めてみたとき、俺の道は少しだけ拓けてきたのだった。この1本の電話をきっかけにして。

 

「駒田さん、Onのキャスパーさんからお電話です」

 

次回「涙のゲラ、前へ」に続く

※ 次でこの話も完結です。暗いだけの話ではなくなります。あと少しだけお付き合いください。
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