ランニングショップの究極の目的。俺の究極の目的。

   

京都タカシマヤ_桜ラン_2

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Onを試したくてお店に行ってみたら、接客してくれた店員がOn否定派だった。

その店員は別ブランドが好きな人で、そのシューズを勧められた。

結局、Onはサイズが無くて帰ってきた。

 

Twitterでそういう趣旨のツイートを見かけ、それに関する俺の考えを書いた。

 

 

自分が好きで走っていて、それを楽しむためのギアを選ぶなら、自分の好きなものを選んだ方が楽しい。自分の好き嫌いの判断を他人に預けない方がいい。それが俺の結論だった。

 

さて、それとは別にもうひとつ考えたことがある。

 

ランニングショップの究極の目的とは何か?

 

ということだ。

 

「ランナーに喜んでもらいたい」

「ランナーに幸せになってもらいたい」

 

世にランニングショップはたくさんあるが、その目的を紐解けば、お客さんに幸せになってもらいたいのだろう。

その考え方に基づき、お店はお客さんに喜んでもらえる商品を集め、接客技術を磨き、日々営業している。熱心に、楽しそうに接客しているお店の店員の顔がいくつも思い浮かぶ。

そして、ランナーに喜んでもらうにはどうするか。そのランナーが何を求めているのか、その顕在的なニーズの底に流れている「何が好きなのか」「何を大事にしているのか」を汲み取っていきたい。

そうした潜在的なニーズまで探り当てられたとき、お客さんはとても幸せそうな笑顔を浮かべてくれる。接客した方も幸せだ。この状態を、Onは “Deliver WOW” と呼んでいる。

ところが、今回話題になっている店員は、自分の好みだけをランナーに押し付けてしまった。そのランナーは自分の求めているものを得ることができず、ただ帰るしかなかった。お店は買ってもらうことができなかった。

 

結果、誰が幸せになったのか?

お店の究極の目的はどこへいった?

 

「ランナーに幸せになってもらいたい」というお店の究極の目的を実現できる機会を、この店員は自分の好みの押し付けによって失ってしまった。それは、1足分の機会損失にとどまらないだろう。

究極の目的を見失ってしまうことは危険だ。個人であろうと組織であろうと。

 

この出来事について考えたとき、俺は自分自身のことも考えた。

 

「ランニングを楽しくする」

 

Onの究極の目的、そしてそれを達成するためのコア・バリューは、今では俺自身の生き方の指針にもなっている。

俺は、自分の究極の目的を常に視界の真ん中に捉えられているだろうか。

今回の出来事は、それを自問自答するいい機会となった。

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次回「巽 朱央の好きなOn」に続く

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