宮古島挑戦記 2016 – 第7話「DNF」

      2016/06/24

Strongman 2015_DNF

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レース翌日、朝8時。起床と同時にアホみたいな痛み。ベッドの上でゴロゴロ転がる。なんとか起き出し、昨日の荷物を全部出して洗濯。ボロボロになった正露丸を見て思わず笑う。

昨日のレース、結果はDNF。病院から戻ってきて、シャワーを浴びてそのまま倒れこむように寝てしまったのだが、部屋に転がっているボロボロの正露丸を見て記憶がよみがえってきた。

Seirogan

……昨日は悪天候によりスイムが中止となり、ラン (6km)・バイク (157km)・ラン (42.195km)のデュアスロンに変更となった。本来のスタート時間の朝7時から1時間遅れ、第1ランは朝8時スタート。スタート時間は1時間遅くなるが、制限時間は変わらず夜8時半。13時間半の制限時間は、12時間半と決まった。最初から相当頑張らないといけない。去年のように腹を壊してトイレにこもるようなことをしていたら、絶対に間に合わない。スタート直前、正露丸を規定量より多めに飲んだ。

第1ランが終わって、バイクスタート直後から積極的に出た。伊良部大橋は噂に違わず、すごい風と斜度だった。風速は14mに達していたらしい。加えて豪雨。伊良部をクリアしても風は収まらない。バイク70km地点あたりから体調に違和感が出始めた。

100km地点あたりから膝から下に痺れが出始め、力が入らず徐々に失速。バイクでDNFになるわけにはいかないと踏ん張り、制限時間の10分前にゴール。制限時間に間に合わせるため、最後は全力で漕いだところ、ゴール直後に膝が抜けるような感覚に陥った。

ランスタート時点で、残りは5時間10分。去年の宮古島は、ランフィニッシュタイムが5時間51分。つまり、去年より相当速いペースで走らなければいけない。「もう間に合わない」と思ったり、その直後に「絶対間に合う」と思い込もうとしたり。すれ違う仲間たち、沿道で応援してくれる人たち、彼らのおかげで半分まではなんとか行けた。ただ、ラン21km 折り返し地点に着いた頃には、膝下全部と手首から先がすっかり痺れていた。

色々な人から聞いた話で、それが脱水症状だと知ってはいた。だから、ランに入ってからは、全てのエイドで立ち止まり、ひたすら水分補給と塩分補給を心がけた。シューズを脱いで、痺れて感覚のあまりない足の裏を揉んでみたりもした。

21km地点で折り返し、仲間とすれ違い、「諦めないで」と声をかけたところまでは覚えている。諦めないで、とは誰に言っていたのだろう。多分、自分か。そこから28km地点までの記憶はほとんどない。

28km地点には、ジェロさんがいた。「30kmの関門、十分間に合うよ!」と声をかけてくれた。このとき、19時ちょうど。30km関門の閉鎖時間は、19時15分だと言っているように聞こえた。

30km関門が見えた頃、何か動きがあるのが分かった。50m 程手前で、「関門閉鎖まであと15秒です!」の声が聞こえた。ダッシュになっていないダッシュ。

「3…2…1…」

必死に駆け込む。間に合ったか?

「閉鎖です!」

スタッフから止められなかったので、そのままの勢いで走った。20時30分まで残り1時間15分。キロ6分ペースなら、制限時間3分前にゴールできると考えた。

直後、着地した左足の感覚が全く無くなった。足が地面に着いているのかどうか、よく分からなくなってしまった。2〜3歩くらいは惰性で進めた。それから、倒れてしまった。起き上がろうと地面に手をついても、その手の感覚すらない。どうしようもなく、そのまま転がった。

少しだけ休んだら回復する、と思おうとした。しかし、どんどん痺れは強くなり、脚から腹まで全て痺れてしまった。口も痺れて動かない。「もう、絶対に間に合わない」と悟った。

ぼうっと暗い空を見上げていると、救急隊員がそばに来てくれた。「最終走者、収容します」と無線で話している。そうか、最終関門は抜けたから、まだ一応は最終走者なんだ。せっかく抜けたのに…。

それから病院に運んでもらい、10時くらいまで点滴を受けた。治療が終わって帰ろうとしたら、ベルマーレの中島さんが病院の待合室にいてくれた。最終関門をクリアした後、突如アスリートトラッカーから消えたので、俺が一体どこにいるのか、どうなっているのか、状況が分からなかったらしい。申し訳ない気持ちで一杯になった。

……そんな昨日のことを思い出しつつ、宮古島市総合体育館に向かった。ブースの撤収作業をしなければならない。

宮古島市総合体育館は、完走した人たちが完走証を受け取る場所であり、アワードパーティーの会場でもある。聞いたところによれば、今回の大会は過去最低の完走率だったそうだ。完走率69.1%。そんな厳しいレースを耐え抜き、見事完走した何人もの仲間たちと挨拶をした。彼らの晴れ晴れとした顔が眩しかった。

撤収作業を行い、商品などの梱包作業をしていると、アワードパーティーのリハーサルの音楽が聴こえてきた。

それまでぼやけていた色々な感情がいきなり鮮明になった。悔しさ、情けなさがグワッと上がってきた。

あと12km分の根性が俺には足りなかった。悔しい。

Strongman 2015_DNF

第8話「Onジャパン設立」に続く

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