宮古島挑戦記 2016 – 第3話「ビッグ・イン・ジャパン」

      2016/06/04

On office_2015

第2話「キャスパーとオリヴィエ」に戻る

2015年1月、俺はチューリッヒのOn本社にいた。前月の12月、キャスパーから電話で「ヒロキのプランで行く」と伝えられた上で、「すぐにスイスにきて欲しい」と呼ばれたからだ。

会議には5人の役員が揃っていた。共同創業者のキャスパー、オリヴィエ、デイビッド。最高執行責任者のマーク、最高財務責任者のマーティン。彼らの前で、日本のビジネスプランを説明した。

On office_2015

TIMEXのマーケティング担当者をやっていた頃、上司やTIMEX社の人間に向けて「ビジネスプラン」と称したプレゼンをしたことはあった。しかし、それは厳密にはマーケティングプランであって、ビジネスプランではなかったように思う。

今回のプレゼンはそれとは違う。日本で目指すべき大きなゴール、そのために必要な中期的な目標、マーケティングプランにセールスプラン、そして費用計算。全てをここで説明しなければならない。

しかし、何しろ英語力が足りない。拙いながらも3時間かけて全力のプレゼンを終え、内容には満足してもらえたのだが、どうやら俺のMPはこの時点で使い果たされていたようだ。

問題が発覚したのは、午後の質疑応答の時間。最高財務責任者のマーティンから、お金に関する質問が次から次へと飛んでくる。

「日本のランニングシューズマーケットの規模は?」
「東京マラソンEXPOのブースにいくらかかる?小間代は?設営費は?」
「営業を一人雇うのにいくらかかる?」
「日本の社会保障制度は?」
「携帯電話代は月にいくら?」

大きなことから超細かいことまで、畳み掛けられる質問。「日本の社会保障制度」なんて、日本語でも説明できん。もうやめてくれ、俺のMPはゼロだ。そして、満を持して炸裂。昔のインディアン英語さながらのカタコト英語。

「おれ それ いい おもう」
「こまかい よくわからない。でも だいたい そんなかんじ」
「日本人 うそつかない」

最後のは言ってない。でも だいたい そんなかんじ。

全ての質疑応答が終わり、5月1日に「Onジャパン株式会社」を設立することが決定した時点で、俺の脳みその状態は尋常ではなかった。英語が出てこないなどというレベルではない。日本語でも考えられないし、身体の動きも鈍い。能力の限界を超えて強制的に英語を使うことで、徐々に脳の機能と身体能力が失われてゆく現象。これを俺は「英語死」と名付けよう。

そんな英語死した俺に向かって、最後の最後にキャスパーがある質問をしてきた。

「で、ヒロキ、来てくれるかい?」

来るってどこに。ああ、Onに。うん、うん。

「いくよ」

「えっ!?本当に!?」

「うん」

「もうちょっと考えるかと…」

「もう きめた」

「なんでそんなに決断が早いんだ?」

「おれ もう けっこん してない」

爆笑するその場のスイス人たち。俺は英語死的ニタニタ笑顔を浮かべながら、それをただ見つめていた。

「ヒロキ、お前はサムライだ!(笑)」

こうして、Onジャパン設立プロジェクト、その名も「ビッグ・イン・ジャパン」が立ち上がったのだった。

第4話「一人目の仲間、鎌田和明」に続く

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