宮古島挑戦記 2016 – 第15話「#お前のハートにバキューン」

      2016/07/21

Finish Line 2016_1

第14話「二度目のストロングマンへ」に戻る

2016年4月17日(日)、7:00。

号砲が鳴り、一気に海に駆け込んでいく選手たち。俺は、ほぼ一番後ろから歩いて海に入る。もうこれ以上は足が底につかない、という頃に泳ぎ始める。

しかし、慎重になりすぎたことが裏目に出たようだ。クロールの腕を差し入れるスペースが見当たらないくらいの混雑。前に進みたくても全く動けないため、立ち泳ぎのようになってしまう。

隙間を縫って泳いだり立ち泳ぎしたりしていると、突如前方から踵が飛んできた。空手で言うところの「後ろ蹴り」。平泳ぎで前を泳ぐ人が渾身の蹴りを繰り出してきたのだ。すんでのところでかわす。かわしたところに二の矢、三の矢が飛んでくる。混雑しているところでの平泳ぎは危険すぎる。立ち泳ぎで斜め横方向に移動し、蹴りから逃れることにした。

横に斜めに移動していくと、コースロープまでたどり着いた。ここでふと気がついたのだが、コースロープ周辺は意外と混雑していない。大体の人はコースロープからある程度離れたところで泳いでいる。「ここはもしや穴場なのでは」と思い、ロープ沿いに泳ぐことにする。

プールを泳いでいると気がつきにくいが、俺はオープンウォーターでは左右どちらかに曲がってしまいやすい。そして曲がっていることに気がつくと、今度は反対側に振れてしまう。常に蛇行して進んでいるようなものだ。無駄なことこの上ない。

しかし、この「ロープ沿いに進む術」なら、その悪い癖をカバーできる。視界の端にロープを捉え続けて前に進む。すると、600m地点の最初のブイまでわりとすぐに着いた。ブイのあたりはさすがにバトルが発生していたが、ここでもロープの最も内側をほとんど立ち泳ぎで回り、バトルを回避する。

「空手家だからバトルなんて楽勝でしょ!」と良く言われるのだが、水中の組手はことのほか弱い。だから、俺の憧れの人は昔も今もズゴック。速く泳げて陸上でも飛んだり跳ねたり、そして彼は格闘も滅法強い。そんなことを考えつつブイを回った後もやることは変わらず。間違いなく進むべき方向に進んでいる安心感があるため、ヘッドアップも使わない。

しばらく泳いでいると、ふとした発見があった。体幹の力で腕をかいた勢いでそのまま身体を回旋させ、全身は伸びながら惰性で進む。これをやるとき、疲れが抜けるのだ。完全自己流のスイムなので、正しいのかどうかは分からないが、「これだ!」という思いだ。

3回に1回の割合で身体を半回転させて伸び、いい感じにサボる。周りの様子がさっきより見えるようになってきた。すると、コースロープの反対側を俺と同じくらいのペースで進んでいる人を見つけた。しかし動きが少し不自然。なんと彼は、ときたまコースロープを手繰って前に進んでいるようだ。「うまいこと考えたなぁ」「それアリか?」と2つの感想が浮かぶ。

いずれにせよ、この進み方には負けるのはなんだか悔しい。1,700m地点のブイを回り、ペースを上げる。Z3R0Dのウェットスーツは凄い。いつもより水を掴める実感がある。ロープを手繰って進むより、VFLEXで泳ぐ方が断然速い。爽快な気分でグイグイ進む。スイムスタートで随分とタイムロスをしたはずなので、ここで先に進みたい。

水を掴む感覚が楽しくて夢中で泳いでいると、すぐに3,000mが終わった。波打ち際を立ち上がると、雨が降っていたことに気づく。スイムスタートまで天候がもってくれて良かった。

海から上がり、ウェットスーツを腰まで下げたとき、自分の胸元がふと気になった。白いトライスーツから乳首が強く浮き出ている。乳首というか、乳輪が四角い。そういえば、乳首が擦れるのを防止するため、レース前にニューハレの四角いテープを貼ったのだ。その四角いテープが海水を存分に含み、四角乳輪として存在を主張しはじめたというわけだ。

これはなかなかの存在感だ。どうしよう、絶対に突っ込まれる。悩みながらもトランジションに向かっていると、Kozoさんがカメラを構えているのが見えた。

去年、ラン30km地点で全身痺れて倒れた俺を助けてくれたKozoさん。宮古島トライアスロン、レース最初の記念すべき「‪#‎お前のハートにバキューン‬」は彼に撃った。今年は絶対に完走して、痺れてない手で彼と握手するのだ。

四角乳輪の存在は、この時点で忘れていた。あとで写真を見て驚くことになるのだが、それはまた別の話。

Swim finish 2016

Swim 3km: 1時間7分1秒

強い雨が降る中、8:15頃バイクスタート。滑ったりしないように慎重に進む。スベるのは腰で十分。しばらく進んでから、宮古島入り直前にポジションを高くしたDHバーを使う。以前より明らかに楽だ。

レース1週間前、Y’s Road茅ヶ崎の安田さんにポジションを見てもらったとき、「かなり攻めた感じになっています。サドルとの落差が大きい」と言われていた。俺ごときが攻めたポジションを取るとはなにごとか。首が折れるわ。リラックスできる高さに変えてもらって良かった、と安田さんに感謝しつつ伊良部島の方向へ。

伊良部大橋に入る頃、先頭の選手たちとすれ違う。去年はここで怖い思いをした。風速15mに迫る強風と雨。何人もここで落車したと聞いている。ちなみに、去年のOnブースでテントが行方不明になり、途方に暮れて夕陽を眺めていたのも、ここ伊良部大橋だった。今年こそ、全ての辛くアホな記憶を払拭するのだ。ジェットコースターのような伊良部大橋に挑む。

多少疲れたが、伊良部大橋を問題なくクリア。伊良部島では細かいアップダウンを感じるが、島民の応援をもらいながら進む。帰りの伊良部大橋では、少し風が強くなりつつあるのを感じた。いつの間にか雨は止んでいる。強くなっていく風、高くなっていく気温。早くも地味に痛み始める腰。

思い返せば今年1月、ジムトレーニング中に腰を痛めて以来、練習として参戦した横浜マラソンやハセツネ30Kでも腰痛には泣かされてきた。その痛みが60km地点を過ぎたあたりでもう出てきている。走りながらたまに腰を反らしたり、サドルの上で尻を左右に動かしたりして、痛みをごまかす。

池間大橋を折り返したあたり、多分70km。腰がいてぇ。腰と言えばカズさんはどうしているだろう。無事だろうか。みんなはどこにいるんだろう。

「ひろき〜!」

白いワンボックスカーの中から響く叫び声、続く歓声。叫んだのは多分ヤスコさん、歓声はMay Stormチームだろうか。よく見えないが、きっとそうだろう。

「行けぇ〜!!」

間違いない、ヤスコさんの声だ。通り過ぎつつ右拳をグッと高く突き出し、勢いよく通り過ぎる。

Bike 2016_1

応援のおかげで腰の痛みを少し忘れたが、心なしか風が強くなってきているようだ。さっきまでと同じくらい力を使っているのに、スピードが上がらない。まだ前半。後半にはアップダウンが待っている。

ただ、あまり焦ってはいない。DHバーの間に装備したハイドレーションシステム、パワージェル12個を溶かしたボトル、凌駕を溶かしたボトル。そしてフレーム各所に仕込んだメダリスト、Mag-on、さらに誰かがくれたストッパ。補給体制は万全だからだ。

去年はバイクの補給も良くなかった。早々にジェル系を飲みつくし、あとはエイドでもらえるコーラばかり飲んだ。100km地点あたりでガス欠になり、力がまるで入らなくなってしまった。そして、そのバイクの補給失敗がそのままランに響いたのだ。

しかし、今年は違う。「ボトルにパワージェル12個入れて水で少し薄めて、少しずつ飲んで。バイクが終わる頃までにそれを飲みきっておけば、ランでは元気一杯だから」と滝川さんから教えてもらい、それを今まさに実践している。パワージェルで口の中が甘ったるくなってしまうときは、ハイドレーションシステムから少し水を吸い、口をゆすいで吐き出す。バイクが濡れてしまうが、なりふりは構っていられない。

90km地点に近づいていく。ここには応援バスツアーで各所を巡っているまどかがいるはずだ。俺のゼッケン番号をトランシーバー越しに読み上げる人がいる。きっともうすぐだ。坂道をダンシングで駆け登る。俺の名前が書かれた応援ボードを掲げるまどかが見えてきた。

「博紀〜!頑張って!!」

レース前、まどかは何やら工作をしていた。それがこの応援ボードだったようだ。力が湧いてくる。まどかにバキューンポーズを決め、ググッとスピードを上げる。絶対にやっておきたかったミッションの一つを完了した。

You can do it

100km地点、東平安名崎。2年前も去年もここのトイレに立ち寄るのが恒例になりつつある。自分の体調を測るバロメーターのようなものだ。トイレに入っても個室には入らない。小用トイレの前に立ち、ワンピースのZ3R0Dウェアのフロントジッパーを全開に下ろし、用を足す。

ほぼタイムロス無しにトイレを出て、宮古島で最も美しいと言われる東平安名崎を走る。景色を見回す余裕がある。「今年は大丈夫だ」と自分に言い聞かせながら、アップダウンエリアに突入する。

去年は、補給失敗の上にこのアップダウンですっかり消耗させられた。ここでペースがガクンと落ちたのは苦い教訓だ。今年の作戦は2年前と同じでいく。下り坂で重力を味方につけて加速、その勢いを借りてそのまま一気に登りをクリアしよう。一番重いギアで無理しない程度に踏み、登り坂に差し掛かる手前でギアを軽くし、一気に駆け上がる。スピードが落ちたらダンシング。

大きなコブのようなアップダウンを何回か超えているうちに気がついた。洞爺湖よりずっと楽だ。洞爺湖前の道志アタックのときに遠藤さんから教わった、「このギアで登ると決めたら、あとは根性で坂は乗り越える」という言葉を思い出す。途中でスピードが落ちようが何だろうが、決めたギアで坂を登りきる。そのために力を一瞬出すことで、その後が楽になる。乏しいながらもこれまでの経験が、今年の自分を助けてくれている。

約120km地点、来間島。皆愛マンションを通り過ぎると、お母さんが俺の名前を呼んで応援してくれる。ガッツポーズをしてスピードを上げる。勢いに任せて来間島を回ってみると、今度は風が強くてペースは上がらない。それでも、明らかに去年よりは速い。

残りはあと30km程度。腰は相変わらず痛いが、気合いで乗り切ろう。少し暑くなってきたので、フロントジッパーを少し下げ、市街地へ向かう下り坂を進む。風がウェアの中を通り、熱くなった身体を涼しくしてくれる。なんだか急に空気抵抗が強まった気がするが、スピードが上がったせいだろう。異様にバサバサ聞こえるのも、スピードのせいだろう…。

しかしやはりおかしい。違和感を覚えて下を向くと、フロントジッパーが全開。局部寸前まで開いている。東平安名崎のトイレで全開にして以来の開放感。まずいまずいまずい。市街地でヤツが飛び出したら、迷わず逮捕。逮捕でDNF、そんなものはいらない。ジッパーを早く閉じなければ。慌てて引き上げようとしてもうまくいかない。それどころか、横風にあおられてひっくり返りそうになる。フロントジッパー全開で落車&ポロリ。イヤすぎる。

せっかくの下り坂なのに、極端にスピードを落とし、丁寧にジッパーを引き上げる。ジッパーにはロックが付いており、ちゃんと折りたためば風くらいで全開にならないことにここで気がつく。さすがZ3R0D、抜かりがない。

人知れず危機を脱した頃、後ろからワンボックスカーが近づいてくる。May Stormチームだ。後部ハッチを全開にして、そこから笑顔の哉男がカメラを構えている。迷わず「‪#‎お前のハートにバキューン‬」。マッサ、お前の決め技は実にいい。やっているとなんだか元気になってくる。

Bang

こうして数々の応援と元気をもらい、腰の痛みは気になりつつもバイク157kmが終了。去年より間違いなくいい形。残り時間は6時間以上。大丈夫のはずだ。

Bike 157km (T1+T2含む): 6時間12分46秒

「駒田博紀選手、ただいまバイクフィニッシュで〜す!ワイドーひろき、ワイドーひろき!」

嬉しい応援アナウンスを背に、多少ふらつきながらトランジションエリアへ。着替え用テントの外にへたり込み、ランの準備をする。胃のあたりが気持ち悪いので、胃薬を2錠持つ。

残り6時間と少し。クラウドサーファーに履き替え、立ち上がってトランジションエリアの外へ出る。歓声がワッと上がる。笑顔が自然に浮かぶ。大丈夫だ、必ず完走できる。もうここまで来たら、勝ったも同然だ。

ふと、ここで気がついた。去年はこの時点で、心のどこかで「もう無理かも知れない」と思っていた。それを打ち消すように、必死で「絶対に諦めない」と思い込もうとしても、それは頭の中で「もうダメだ」に変換されていたのだ。

否定の語尾で自分を鼓舞するのは無理だ。「諦めない」ではダメなのだ。この1年、Onジャパンを立ち上げてからずっと自分に言い聞かせてきたように、あるいは仲間が言っていたように、「勝ったも同然」「大丈夫、イケる」と信じ込めないと。

最初のエイドでバナナとオレンジを摂り、胃薬を1錠飲む。メダリストアミノダイレクトを飲み、水で流し込む。脚の様子を確かめつつ歩き始め、それからゆっくりと走り出す。腰がやや痛み、胃のあたりが若干ムカムカするが、脚には何も問題はない。

しかし調子に乗ってスピードを上げることはしない。キロ7分で十分だ。1ヶ月前、博多のお店のイベントで西内さんと一緒に走ったとき、「その走り方では厳しい」と言われたことを思い出す。

「どうしたらいいですか?」

「歩きましょう。止まらずに歩くんです」

そして、西内さんはこうも言っていた。ロングのトライアスロンを、今の俺が走りきるコツ。

「博多から横浜まで走って帰らないといけない、と想像してみて走ってみてください」

横浜まで何百キロあるんだ。ズーンと落ち込む。トボトボ小股で腕振りもほぼ無く、ただの重心移動で前に進むだけになる。

「それです、その動きなら完走できるかも知れません」

それが1ヶ月前のプロフェッサー・西内の教えだった。それを守って進む。

エイドステーションまで走り、エイドで必ず補給をし、またトボトボ走る。暑いし全身の疲労感は強いが、脚は動く。

前方からトップ選手が走ってくるのが見える。戸原さんだ。「カイト!勝った!」と思わず声をかける。戸原さんはいつものようなニコニコ顔で、「やりました〜!」と言って通り過ぎていく。凄いな、キロ4分くらいで走ってるんじゃないか。圧倒的に強い。

しばらく進むと、トップ選手たちがどんどん帰ってくる。海外の招待選手、国内のレジェンド。そして、笑顔の寛次さんが見えた。ハイタッチしてすれ違う。

森田さんが続く。少し苦笑いを浮かべているように見える。フルタイムで働いてブースもやって、それでこの位置。強い。

市街地に入ると、プロフェッサー的ヘアスタイルが目に入った。大きな声で「西内さ〜ん!」と声をかけると、少し笑みを浮かべて小さく右手を振ってくれた。

次々とすれ違う凄いアスリートたち。Zootの今村さん、NSIの石橋さん、もう1人のプロフェッサー・TK、そして“タイキック”勇人。声をかけ、あるいはハイタッチして、どんどん元気をもらう。

しかし、やはり全身の疲労感は隠しきれない。心なしか、胃の不快感も強くなってきているようだ。脚は問題ないのに、徐々にペースが落ちていく。それでも脚を止めないように気をつける。

10km地点やや手前、Aid Station Strongman店長・高木さんがいるのを見つけた。高木さんはいつも熱い応援をしてくれる。今年こそいい報告をしたい。ガッチリ握手して前へ。

Aid Station Strongman

すぐ先には、ヤスコさんとMay Stormチームがいた。嬉しいことに、ものすごく盛り上げてくれる。これに応えなければダンディズムではない。差し出される手に次々ハイタッチし、振り向きざまバキューン。ここは存分に調子に乗らせてもらい、バキューンも2丁拳銃で。

May Storm and Yasuko_1
May Storm and Yasuko_2
May Storm and Yasuko_3

ダブルバキューンを出して好調に戻ったのか、11km地点までスムーズに進む。応援バスが止まっている。応援ボードを掲げて応援しているまどかがいる。心配そうにしているが、「大丈夫」とだけ答える。すぐそばには、チームちんすこうの南部さん愛さんもいる。まどかを連れて、ちんすこう私設エイドへ。

「どうですか、調子は?」と南部さんに聞かれたので、「絶好調です」と答える。「あと30kmも楽しめるなんて最高ですね!」と言ってもらう。そうだ、楽しむんだ。

しかし、まどかとちんすこうと別れてしばらく進むと、何故かガクンと力が落ちていった。胃のむかつきが強い。身体が熱い。13km地点くらいのエイドでスポーツドリンクを飲もうとしたが、あまり受けつけない。スタッフの方に、頭に水をかけてもらう。それでも気分は良くならない。あまりの気持ち悪さに座り込んでしまう。

「あっ、ハマのダンディズムさんですよね!ほらこれ、On!」

座り込んだと同時に、クラウドサーファーを履いた選手から声をかけてもらう。ハマのダンディズム…意外と浸透してるじゃないの…。言い続けるって大事ね…。おっと、ダンディズムなら座っている場合じゃない、進まなければ。

エイドで一度立ち止まってしまうと、また進むのにものすごく労力を使ってしまうようだ。しかも、目の前にはひたすら続く緩やかな登り坂。ここは歩こう。止まらないことが大事なはずだ。

14km地点、坂の向こうから見慣れたOnウェアで走ってくるカズさんが見える。顔を伏せ、目を閉じて走っている彼は俺に気付いていない。

Kazu running

「カズさん!」

「あっ…駒田さん…!」

握手しようと手を出すと、ガシッとハグしてきた。ほとんど泣きそうな顔だ。

「どうした、痛むのか」

「つらい。。痛い。。。」

「頑張れ、大丈夫だイケる!」

しばらく彼の後ろ姿を眺めながら別れる。腰がほぼ折れ曲がっている。あれは痛そうだ。それでもあの位置を走っているとは、さすがだ。

カズさんと別れてしばらくすると、指先に痺れが出始めた。一気に嫌な予感が広がる。早く補給をしないと。しかし、エイドではもう固形物を見るだけで吐き気がする。コーラをほんの少しだけ飲み、口を押さえて歩き出す。

18km地点、痺れが手のひらに広がってきた。焦る。このままだと、去年の二の舞だ。目を瞑って走る。目を開けたらグーンと進んでいないかなといつも思うのだが、いつも通り全く進んでいない。

何回か目を瞑ったり開けたりして歩いていると、いがちゃんが歩いてくる。先ほどのカズさんは泣きそうな顔だったが、いがちゃんはボロボロと涙を流している。どうしたのか聞いても、「お腹が…吐きそう…」としか聞こえない。俺の状態を何倍もひどくしたように見える。「頑張って。ゴールで会おうね」と言って別れる。

目を瞑ったり、走ったり、歩いたり。しかしそんなとき、いきなり妙な考えが頭に浮かんだ。

「アイアンマンなんて無理だ」

「ケアンズには応援だけで…」

瞬間、強い怒りが沸き上がった。この根性無しが、ふざけるな。まずここを完走するんだ。

17:15、ランスタートから2時間55分、ようやく折り返し地点に到着。去年、病院送りにされた原因の痺れは手首まで広がってきた。残り半分、残り3時間15分。時間はある。帰りは下り基調。履いているのはクラウドサーファー。

絶対に大丈夫だ。

もう勝ったも同然だ。

「諦めない」ではなく「大丈夫」。さっき生まれて咄嗟に打ち消した弱気を、重ねて塗りつぶすように抑え込む。

折り返してからもやり方は変わらず。登りでは西内さんから授かった秘策「歩く」を駆使し、下りと平坦ではクラウドサーファーのクッション性と反発性に頼る。重心の真下に足を置いて、重心移動だけで前に進む。

2年前にも思ったが、クラウドサーファーは本当にいいシューズだ。歩きと走りの切り替えが実にスムーズ。俺のような遅いペースでも助けてくれるし、トップアスリートの攻めた走りにも対応してくれると聞く。そして今のクラウドサーファーは、オリヴィエが自信を持って世に出したフルモデルチェンジ版。2年前よりあらゆる意味で改善されている。

……大して改善されてないのは俺だけだな。でも去年よりはマシになっているはずだ。一歩一歩確かめるように前へ。

痺れは前腕へ広がる。爪先にも少し。去年、30km地点で倒れたときのことが脳裏をよぎる。あのときは、腕は肘まで、脚は膝まで痺れが広がって、立っていることもできなくなったのだった。

エイドでアクエリアスをもらって口に含むが、即吐き出してしまった。とても飲み込めない。そのとき、レース前夜にGoさんからもらった秘策その2を思い出した。

「…もし、ランの途中で補給が取りにくくなったら、スポドリまたはコーラでの『うがい』だけで十分です。これで脳が刺激されて、エネルギーが出せるのは、科学的にも証明されています」

もう一杯アクエリアスをもらい、うがいをする。これなら吐きそうなことはない。念のため、コーラでもうがいをしてみる。ほんのちょっとだけ飲めた。ラッキーだ。

少しずつ広がっていく痺れに焦りつつ、28km…29km…と、1kmごとの距離表示を励みに頑張る。その間のエイドでは、ひたすらうがいを続ける。

30km関門が見えた。ゆっくり走りながら通過する。去年倒れた場所を横目で確認し、合わせて今の自分の状態を確認する。俺は去年より少し強くなった。

そしておそらく最後の急な登りを歩いて越えた頃、応援バスが見えた。見慣れた応援ボード。もうあまり人はいない。随分長く待たせたなぁ。俺に並走するまどか。いつもより速いな。俺が遅いだけか。「フィニッシュラインで」とだけ伝えて前へ。もう約束を破るのは嫌だ。

徐々に日が沈む。日の入りは19時頃だと沿道の人が言っているのが聞こえる。あわよくば日の入りまでに帰りたかったが、それは虫が良すぎたか。痺れが膝まで上がってきた。これ以上はまずい。

「頑張って〜!あれ、笑顔がないよ!笑顔で!」

後ろからPower Barのワンボックスカーが近づき、助手席の滝川さんが声をかけてくれた。前半ではあんなにヘラヘラできていたのに、笑顔がなくなっていたか。

返事をしたいがしんどい。一言だけ「おう!」と叫んで返す。「おう!って言われちゃったよ!殴られる前に先いくね〜」と言いながら先に向かう滝川さん。ありがとうございます。そういえば俺はOnでした。楽しまないと。

意識的に笑うようにしながら、じわじわ進んでいくと、五百蔵さんを見つけた。ものすごく険しい顔で俺の顔を覗き込み、「大丈夫か!」と聞いてくれる。笑いながら「大丈夫です、イケます」と答える。ニッコリ笑って「よーし、行け!」と言う五百蔵さん。洞爺湖でもここでも心配かけてすみません。今年はきっと大丈夫です。

「残り8km、90分です!間に合いますよ!」

真っ暗になった34km地点、Triathlon LUMINAの斎藤さんが1人で通り過ぎる選手全員に声をかけている。残り8km、残り90分。キロ11分で歩いても88分、十分間に合う。ここで再確認させてもらえて心強い。斎藤さんと握手をして市街地へ。

残り6km、もうすぐ市街地の明かりが見えてきた。前方からゆり姉みやちゃんが走ってくる。なんでここに?

「いがちゃんは?会った?」

え?俺より6kmくらい先を走ってたよ。まだ帰ってきてないの?

「まだ帰ってきてない!探してくる!」

暗いランニングコースを逆走していくゆり姉とみやちゃん。いがちゃんを抜かした記憶はない。もしかして病院…?嫌な予感がしたが、俺はフィニッシュラインに向かわねば。

残り4km、街の明かりが一気に目に飛び込んできた。2年前と同じように、「おかえり!」と沿道の応援の人たちが呼びかけてくれる。一瞬嗚咽がこみ上げたが、まだ早い。

この光景を見ながらのラスト4km、また見られるようになるまで長かった。またギリギリになりそうだ。「ワザとか!」とまた言われてしまうかな。これでも精一杯なのでお許しを。

あと1km、もうほんの少し。そのとき、後ろから肩を叩かれた。秋元さん

「背中を追いかけてきました…」

秋元さんは少し涙声になっている。無言で肩を組む。「やりましたね」と声を絞り出すと、涙が出てきた。俺たちはやった。もう間違いない。

「駒ちゃん!」

まさみさん、どうしてここに?

「ゴールでみんな待ってるよ!」

わざわざ来てくれてありがとう。やはり君はイケメンだ。

「最後は走って!カッコよくね!」

ストライドを気持ち大きく、陸上競技場に飛び込む。周囲を見回すと、いた。まどか。並走してフィニッシュラインへ向かう。

To the finish line

フィニッシュライン数メートル手前で止まり、歩いてテープに向かう。テープをまどかと一緒に握り、頭上に掲げる。帰ってきた。約束は守った。

Hiroki_Madoka_finish line

スタッフから完走メダルを首に、フィニッシャータオルを肩にかけてもらい、フィニッシュエリア外へ出る。仲間たちが輪になって迎えてくれる。カズさん、ヤスコさん、みんな。カズさん、元気そうで何よりだ。

Finish Line 2016_1
Finish Line 2016_2
Finish Line 2016_3

Onジャパンメンバーで記念撮影をして、芝生に座った途端、痺れが腕・脚全体と腹にまで広がった。たまらず仰向けにひっくり返る。すごい痺れだ。ビリビリする。よかった、ギリギリ間に合った。

「花火だ…」

誰かが呟いた。宮古島トライアスロンの終わりを告げる花火。

3年前にこれを見て宮古島に出ようと心に決めた。2年前はトライアスリートとして初めてこれを見た。去年は見られなかった。そして今は仲間たちと一緒に見ている。

3年間の思い出が一気に頭の中を駆け巡る。鼻の奥がツンとする。思わず痺れたままの両手をパンっと合わせ、空に向けて「‪#‎お前のハートにバキューン‬」

Fireworks 2016

それから俺のゼッケン番号とは真逆のことをしてしまう。だって仕方ない。こんなに嬉しいことはない。二度目のストロングマンになれたんだから。

Finish Line 2016_4

Run: 5時間52分59秒
Finish time: 20時12分46秒

エピローグ「次の挑戦へ」に続く

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