宮古島挑戦記 2014 – 第10話「約束のストロングマン」

   

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第9話「レーススタート!」に戻る

宮古島市陸上競技場。ここにバイクで戻って来られるかどうか、それが最大の心配事だった。6時間半もかかったが、とりあえず帰ってくることができた。CEEPO VENOMをボランティアの中学生に預け、トランジションバッグを受け取り、着替えのためテントの中に入る。アスリート一人ひとりに、ボランティアがサポートに付いてくれる。

バイクシューズを脱ぎ、トライスーツの上に履いていたバイク用パンツを脱ぐ。痛み止めもここで飲む。事故で痛めた首と腰が、もう動かないような気がしたからだ。不安な気持ちが膨らみそうになるが、トランジションバッグからクラウドサーファーを取り出す。いよいよこいつの出番だ。

ボランティアの「頑張ってください!」の声に後押しされ、午後2時33分、陸上競技場を後にする。一歩目から脚にガクッときた。こんな脚でこれからフルマラソン?先のことはあまり考えたくない。

外に一歩出た途端、歓声の波に飲まれる。「ワイドー!」「頑張れ!」と、応援やボランティアの方が一人ひとりを応援してくれている。勇気が湧いてくる。

■ ラン 42.195km

ランスタート直後、最初のエイドが見えた。東平安名岬あたりから胃もやられていて、この時点でジェル系は身体が受け付けなくなってきていた。オレンジとパンを一切れずつ食べて、アクエリアスを飲む。「いってらっしゃい!」の声援を背中に受けつつ、ラン出発。

…これはランになっているんだろうか?身体も脚も重すぎる。ズルズルと脚を引きずりながら進む。

ほどなく、トップのベンジャミン・ウィリアムス選手が戻ってきた。もうフルマラソンを走り終えたのか?すれ違いざま、思わず呆気に取られてしまう。そして、ベンジャミン選手が行ってから数分後、西内さんが見えた。2位。あんなに仕事が忙しそうだったのに、練習時間もなかったはずなのに、なんでこんなにやれるんだろう。

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レース中のプロ選手に声援を送るのは、何故かためらわれる。それでも、西内さんの名を叫んだ。

「西内さん!」

「おう!!」

いつもの飄々とした西内さんと少し雰囲気が違う。それとも、これがアスリートとしての西内さんなのか。ウィリアムス選手にも感じた強さの雰囲気、気迫が形になって見える気がする。

5km地点…まだ5km?身体のあちこちが痛い。痛み止めは効いていないのだろうか。それでも、「もう8分の1走った」と自分に言い聞かせる。6kmまで走ったら、「もう7分の1も走れた」と考える。

「いってらっしゃーい!」「気をつけてー!」

沿道の方が声をかけてくれる。ありがたい。だが、まだ「いってらっしゃい」程度の距離だったとは。自分で思い込もうとしていたことと、客観的な状況の大きな違い。軽く落ち込みそうになる。

でも、落ち込んでいても仕方がない。別のことを考えよう。そうだ、去年の宮古島でもやったこと、「Onマーケットシェア調査」をやってみよう。

トップ選手とすれ違うたびに、彼らのシューズをチェック。ハッキリそれと分かるくらい、クラウドレーサーが多い。シルバーとライムグリーンのカラーリングはよく目立つ。嬉しくなり、選手の足元ばかり見つめながら走る。

次々とOnを履いている人とすれ違った。LUMINAの記念撮影には50人近く集まってくれていた。集まれなかったOnユーザーもたくさんいたらしい。去年は9人しかいなかったのに、今年は間違いなく100人はいる。たまらなく嬉しくなる。

スタート直前にScottさんから聞いていた通り、ひたすら坂道が続く。決して急ではないが、暑さとあいまってジワジワと体力を削られる。沿道のシャワーを浴びて身体を冷やし、エイドのスポンジで首と肩を冷やしつつ進む。それでも暑い。というか、日差しが痛い。

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8km地点、コンビニ前にゆり姉と五百蔵さんの姿が見えた。手を大きく振って呼びかけてくれる。ゆり姉は手に何か持っている。食べかけのガリガリ君だ。それを差し出してくるゆり姉。迷わずかぶりつく。生き返るようだ。うますぎる。五百蔵さんの「頑張れ!」のエールを受け、また進む。

10kmを過ぎる頃、腹がまたおかしくなってきた。熱中症になりそうなほど暑いはずなのに、腹だけ異様に冷たい。シャワーやスポンジで身体を冷やしていたせいか。それとも、エイドで水をガブ飲みしたせいか。はたまた、ガリガリ君か。

理由はともかく、着地の衝撃が下腹部にダイレクトに響く。On自慢のCloudTec®システムが役に立たない。またもや「鎌倉山の変」が頭をよぎる。たまらず歩きに切り替える。今はレース中。波打ち際に消える荒業は使えない。トイレはどこだ。もうトイレのことしか考えられない。Onマーケットシェア調査、これにて終了。

脂汗を流しながら早歩きで進んでいると、巨大な外国人選手に声をかけられた。確か、ワイドーパーティーにいた。Scottさんの友達だ。

「よう、調子はどうだい?キツいな…」

「ああ…本当にキツいな… (腹が…)」

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「間に合うと思うか?」

「絶対に間に合う!間に合わせなきゃ! (トイレを…)」

「そうだな…」

「先に行くよ。フィニッシュラインで会おう!」

巨漢に別れを告げ、すり足でカサカサと進む。フィニッシュラインよりも先に、この俺には目指さねばならないものがあるのだ。彼には言えなかったけど。

必死の努力が実り、前方に「TOILET」の文字。ガソリンスタンドの中のトイレを貸してくれるようだ。先客がいないことを祈りつつ、すかさず飛び込む。誰もいない。勝った。

……和式……

そんな馬鹿な!

ここで脚を使い切らせるつもりか!!

だが、他に選択肢はない。覚悟を決め、大きく深く四股を踏む。

15分後、全身汗ダク脚ガクガクの男が現れた。まだ腹は怪しい。それでも、これ以上は脚がもたない。色々なものを騙し騙し、再スタート。

すると、前方に例の巨漢外国人が。そうか、抜かれていたか。

「やあ…」

「( ̄◇ ̄;) What!? 先に行ったんじゃなかったのか、相棒!?」

「ちょっとトラブルがあってな…本当にキツいレースだよ…」

「大丈夫か?何があった?」

「ちょっと…Japanese styleだっただけだ…」

トイレの話をしていると、またもやキツい差し込み。「じゃあ、またな」と再び別れを告げ、ひたすら先を急ぐ。泣きそうだ。

14km地点。腹が痛くて冷や汗が止まらない。前を見ているようでどこも見ていなかった。その間隙を突き、反対車線から響く声。

「ヘイ!ダーリン!!」

いがちゃん?速っ!ダーリンって何だ!?

両手を広げ、ハグの構えのいがちゃん。対する俺は、下腹部に高いリスクを負っているため、腰が引けながらやや半身の構え。プロレスのゴング直後のような雰囲気で睨み合う。俺は右手を高く差し伸べる。いがちゃんは左手を。プロレス的力比べな展開になってしまうかと危惧するも、無事爽やかに握手。このくだり、長引かせるとヤバい。いがちゃんに別れを告げる。

いがちゃんと別れた直後、救いのガソリンスタンドを発見。ただ、スタンドの雰囲気からして、今回も和式だろう。覚悟はしている。しかし、俺も学んでいる。ただ四股を踏むのではなく、前方の水道管を掴み、脚にかかる負担を軽減するのだ。この作戦は当たった。しかし、それでもまた15分かかってしまった。バイクとランで通算1時間のロス。あまりにも痛い。

目の前には、長く緩やかな登り坂が真っ直ぐ続く。大きなタイムロスを抱えてしまったが、ラン以外の事情で脚はガクガクだ。不安の残る腹を押さえながら歩く。トライスーツについた水分を手で擦って乾かす。これ以上腹は冷やせない。エイドごとに設置されているシャワーを避けながら進む。

「Hey、コマダさん!なんでこんなトコにいるの?」

満面の笑みのScottさんが向こうから走ってきた。折り返してきている。いつ抜かれたんだろう?東平安名岬のトイレ?レース前、あんなにえずいていたのに、もうこんなところにいるなんて。さすがの底力だ。

「Scottさん!腰は大丈夫だったの?俺は…ちょっと腹壊して」

「早く戻ってきてね!On靴、すごくいい!Yeah!」

すごく元気なScottさんとハイタッチして別れる。少し元気を貰った。それでもひたすら長い坂は堪える。パンでも貰おうと考えながらエイドに立ち寄ると、美穂ちゃんが向こうから歩いてきた。折り返したんだな。

「駒田さん…転んだ…」

美穂ちゃん、泣いてる?どうして?擦り傷だらけだ。理由を聞いても、バイクで転んだとしか聞き取れない。

「痛み止め、いる?持ってるから」

「ううん、大丈夫…」

本当に大丈夫だろうか。半分泣きながら、それでも力強く走ってゆく美穂ちゃんを見送り、俺も先を急ぐ。もうすぐ折り返しだ。

21km地点、折り返し。手元のTIMEXによれば、ランスタートから3時間5分かかっている。制限時間の午後8時30分まで、残り2時間55分。

行きより帰りの方が疲れているに決まっている。これから先、身体がどうなっていくか分からない。怪我を負った箇所の痛みは治まる気配がない。それでも、後半は前半より速く行かないといけない。きっとギリギリになるだろう。だが、不思議と悲観的にはならない。理由は単純。Onを履いているからだ。

前半は登りが多かった。それなら後半は下りが多い。そして、Onのクラウドサーファーは下りに強い。ダメージを減らしつつ、身体を前に押し出してくれるはず。Onを信じていけばいい。これまでと同じように。

最後に残しておいた痛み止めを飲み、折り返す。行きは結構歩いた。空白の30分もあった。それでも3時間5分だった。ゆっくりでも走り続ければ、きっと間に合うはずだ。

残り2時間55分。いける。絶対いける!

折り返してしばらく進んだ頃、紙コップを持った女性がフラフラと向かってくるのが見えた。Triathlon LUMINAのバイザー。

尚子さん、どうしたの?」

「熱中症っぽくて…」

苦しそうだ。「必ず一緒に完走しましょう!同志ですね(^o^)」と言ってくれた尚子さん。でも、このペースでは厳しいかも知れない…。胸が一杯になってしまい、ほとんど何も声をかけられないまま、すれ違ってしまう。「駒田さん、応援してますからね!私のことも励ましてください(笑)」と言ってくれていたのに。せめて、何か一言だけ。自分が言われて嬉しい言葉を。

「頑張って!!」

「……はい!」

追いついてきて欲しいと願いながら、一歩でも前に進む。

尚子さんと別れて、すぐにあのデカい外国人と再会した。厳つい顔を泣きそうに歪めている。脚を引きずっている。

「よう相棒…マジでキツいよ…間に合わないかも知れない…」

「きっとできる!フィニッシュラインで会うぞ!」

「きっとできる」と言ったのは、彼に対してだけではなく、多分自分に対してなのだろう。それでも、彼は少しだけ笑って、右手を挙げて見せてくれた。俺も拳を突き上げるようにして応える。諦めることだけは認められない。それでも、自分が走っている今の位置が、まさにギリギリのラインなのだと理解できた。太陽が少しずつ西に傾いていく。

残り14kmあたり…よく分からないが、多分そのくらいだ。復路は下り基調だったはずなのに、ここでキツい坂が立ちはだかる。登り坂は歩く。ただ歩いているだけなのに、息が苦しい。

足元を見て黙々と歩いていると、坂道が緩やかになってきた。頂上か?前方から拡声器を通したような声が聞こえる。頂上でひとり、怪しげなオッチャンが拡声器でがなり立てている。

「苦しいなぁ、オイ!でも日本人は、サムライは諦めない!諦めんな!!」

誰が諦めるか!…オッチャン、ありがとう。

妙なオッチャンの横を通り過ぎると、あとはずっと下り坂に見えた。Onの出番だ。オリヴィエに教わった通り、重心の真下に足を置くだけ。あとはCloudTec®とSpeedboardがなんとかしてくれる、前に進ませてくれる…と自分に言い聞かせる。

残り12km。残り、1時間30分。キロ8分ペースで…96分?うまく計算できない。96引く60は…36。1時間36分…。6分、間に合わない。

キロ8分なんてあり得ない。7分だ。それなら、84分。1時間24分。完走できる。

…本当にそうか?キロ8分もホントは無理だろ?

もう、頭の中はゴチャゴチャだ。熱中症気味なのか、頭が痛い。日が沈む。西日を避けるためにかけていたRADARLOCKを上げる。ここが正念場だと直感する。

諦めてしまったかのように路肩に座り込んでしまった人がいる。俯いていて表情は見えない。

前を走っていた人が突然倒れた。脚を抑えている。はた目に分かるほど脚が痙攣している。ふくらはぎが別の生き物のようにうねっている。彼は呻きながら脚を伸ばしている。俺は、その横をのろのろと通り過ぎる。遠くから、救急車のサイレンの音が聞こえてくる。

しんどい。ただひたすらしんどい。なんでこんなことしてるんだ?仕事だから?マーケティングのため?俺みたいなもんが走らなくたって、すごい人がたくさん走ってくれている。俺より遅いOnアスリートなんているか?

腰が痛い。首が痛い。痛み止めは飲み切った。なんで車になんてハネられるかなぁ…。ドジすぎるよな…。

ふと、岩本さんのアドバイスを思い出した。「苦しいときは笑いましょう」…無理やり笑ってみた。でもやっぱり苦しい。なんて俺は遅いんだろう。「遅くても強ければいいんです」…そうでしたね、岩本さん。

丸さんが言っていた。「メンタル!最後はメンタル!」と。無理やり笑いながら心の中で「メンタル、メンタル」と呟く。俺はアホかとおかしくなって、本当に笑ってしまった。

笑っても、怪しく呟いても、身体はどんどん痛んでくる。「疲れてるときほど楽に走るといいよ」…オリヴィエ、今の俺にはちょっと難しいよ。

残り8km、市街地に入った。ファミリーレストラン「ばっしらいん」が見える。見たことのある景色に一瞬ホッとするが、残り1時間。キロ7分なら56分。キロ8分だったら64分。間に合わない。ホッとしている場合じゃない。

ここでスピードを上げた。前を行く人たちを次々と抜く。残り5km、TIMEXは午後7時50分。あと40分。

「おかえりなさーい!!」

市街地に入ったのか、道の両側に提灯の明かりが見える。歓声が上がった。子供たちが手を伸ばしてくる。力が出ないが、それでもハイタッチに応える。帰ってきた、あと少しだ。一瞬、嗚咽が出そうになったが飲み込んだ。まだ終わってない。

残り4km。事故で打ち付けた腰が、背中が、全身が痛い。痛み止めの効き目は切れたのか。

残り3km、あと25分。1kmがとてつもなく長い。もう残りの距離表示を見るのはやめよう。ただ一歩でも前へ。

…見えた、陸上競技場。戻ってきた。間に合った。あのゲートさえ越えれば…。「おかえりなさい」の声を全身に受けながら、門をくぐる。

「駒田さん!」

真紀さん。石橋さん。嬉しいのに、言葉が出てこない。ただ握手をしてトラックを歩く。もう走らなくてもいい。最後の関門は越えたから。

陸上競技場は明るい。眩しいくらいに明るい。応援の声が波のように身体を包む。

なんでここにいられるんだろう?キッカケは仕事だった。仕事じゃなかったら、きっと始めてなかった。でも…。

最後の直線。あと100m。光がどんどん強くなる。込み上げるものを感じる。思わず立ち止まる。

でも…仕事だけだったら、きっとここには辿り着けなかった。走ることは楽しかった。応援してくれる人たちが、一緒に笑ってくれる人たちが、ここまで連れてきてくれた。

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「駒田さん!」

応援し続けてくれた仲間の一人、足達さん。笑顔でカメラを向けてくれる奥さん。ずっと撮ってくれていた。なんとか笑顔を返そうと思うが、うまくいかない。それでも、精一杯。

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最後の10m。一歩一歩、踏みしめるようにゴールに向かう。

「駒田さん!」

満面の笑みを浮かべている前島さん。待っていてくれたんだ。ありがとう。

「SILVERBACKS!!」

二人の声が重なる。いつの間に合言葉に?笑顔がこぼれる。前島さんのように。さあ、ゴールしよう。

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フィニッシュライン。テープを見下ろし、一瞬動けなくなる。おそるおそるテープを掴む。掴んだ瞬間、歯を食いしばった。そうでもしないと耐えられない。

思い切り頭上にテープを掲げた。万感の想いを込めて。

Strongman

肩にかかるフィニッシャータオル。首にかかるメダル。ずしりと重い。握りしめて眺める。涙があふれる。

「花火が…」

午後8時30分。最終ランナーが戻ってくると同時に上がる花火。1年前、祥平さんと眺めたのと同じ光景。今、隣には前島さんがいる。声も出ず、ただ空を見上げる。花火が滲んでぼやける。

憧れてきた「STRONGMAN」の称号。
約束は守った。
やっと、俺も。

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ラン: 5時間51分26秒
フィニッシュタイム: 13時間24分41秒 (午後8時24分41秒)

エピローグ「そして、またあの舞台に」に続く

 - 宮古島トライアスロン2014