パンイチ空手の真実。

   

空手着

前回「人生を変えた自問自答。俺は何がしたいんだ」に戻る

 

離婚することを合意して数日後、妻と子供は出て行った。子供が3歳の誕生日を迎える直前だ。妻の言った通り、「間に合った」というわけだ。

その日、子供のことばかり考えて1日を過ごした。いつ仕事を終えたかも覚えていない。そして、ほぼ無意識のまま電車とバスを乗り継ぎ、気がつけば俺はまた鎌倉のマンションのドアを開けていた。

 

 

「ただいま…」

 

 

……

 

(……しまったぁ!)

 

 

「なんてな……!!」

 

 

習慣とは恐ろしい。今日からもう誰も家にはいないというのに、俺は誰に帰宅宣言したのだ。誰に言い訳しているのだ。自分がアホらしくなり、俺は泣いた。

人生史上最悪の独り言を虚空に放ってしまった俺は、とりあえずスーツを脱ぎ、Tシャツと短パン姿になり、やたら広くなった部屋の真ん中のソファーに腰を落ち着けた。

 

(さて、これからどうしよう…)

 

ここ数年間でテレビを観る習慣は無くなっていた。「テレビの音で子供が寝られないからやめて」と言われて以来、観るのをやめてしまった。

不思議なもので、観なければ観ないで全く生活に支障はない。それに、俺の住むマンションは小さな山の中腹にあるので、夜はひたすら静かだ。

 

(……思いつかねぇ)

 

とりあえずソファーから立ち上がり、部屋を大きくうろうろする。もうここには誰もいない。足音を気遣う必要もない。少し大きく足を踏み出してみる。その動きは体に染み付いたものだった。

 

(そうだ、空手…)

 

この数年ですっかり忘れてしまっていたが、俺は空手家だった。「何をしたいのか」にハッキリと答えは出せなくても、空手が好きだということはハッキリ分かった。

そう言えば、俺が空手をやることに関しても、「野蛮だ」と妻も義母もいい顔をしなかった。しかし、そんなことをもう気にすることはないのだ。武道を野蛮と切り捨てる狭量な人間たちとはおさらばしたのだ。

腰を落とし、イラつきながら正拳を出す。無駄な力が入っている。しっくりこない。それでもいいやと割り切り、怒りに任せて拳を振り回す。確かにこれは野蛮かも知れない。

 

少し落ち着いたところで一度立ち上がり、しっかりと構え直す。最初はゆっくりと、次第に速度と力を上げて拳を繰り出す。5年前まで毎日続けた動き、四股突き。身体は当然それを覚えていた。

 

(四股突きの次は、前蹴り…)

 

前屈立ちになり、前蹴りを放つ。膝裏の筋が痛い。どれだけ鈍っているのだ。何百回と蹴れたはずではないか。じっくりと開脚ストレッチを行ってから、また前蹴りをやってみる。今度は少しマシだ。

四股突きと前蹴りをやっているうちに、息が切れて汗が噴き出してきた。Tシャツと短パンはもうびしょ濡れだ。どちらも脱ぎ、パンツ1枚になる。

どうせ誰も見ていないのだ。構うものか。俺は無心になって拳を振るい、蹴りを繰り出した。前蹴りだけではなく、足刀、回し蹴り、後ろ蹴り、全ての技を確かめるように動いた。

1時間後、フローリングには水たまりができていた。そして、窓ガラスには、ポタポタ汗を垂らし、全身からもうもうと湯気を立てているパンイチの男が映っていた。どこからどうみてもソリッドな変質者。野蛮というかもうアウトな領域。

窓ガラスに映ったアウトな姿を見ると、少し笑えてきた。先ほどまでのやるせなさ、悲しさ、そして怒りはすっかり消え失せている。こんな姿で何を悲しめばいいというのか。

とりあえず寝よう。ゴチャゴチャ考えるようになったら、またパンイチになって稽古すればいい。俺は久しぶりにスッと眠りに落ちた。

空手着

 

次回「ランニングを始めた理由。続けた理由」に続く

 

※ ガンプラのお話の第1話「パンイチ空手」を補足してみました。実際はこういうことだったのです。下の応援バナーのクリックをお願いします。
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