アイアンマン・ケアンズ挑戦記 2016 – 第4話「Almost IRONMAN」

      2016/08/17

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第3話「鉄人、届かず」に戻る

2015年9月、マネージャー職のみが参加する会議に出席するため、俺はチューリッヒに向かった。洞爺湖でDNFになった事実は、スイス本社でも広まっていた。

Cloud in Murg

チューリッヒに到着し、最高執行責任者のマークと最高財務責任者のマーティンに会うなり、彼らは物凄くワルい顔で「ようヒロキ!Almost IRONMAN!」と言ってきた。

「( ̄◇ ̄;) なんじゃい Almost IRONMAN (ほぼ鉄人) って!」

「( ̄▽ ̄) ニヤニヤ」

本社のトップマネジメントの中でも最高峰のいたずらっ子であるこの二人にかかると、もうどうしようもない。俺にできることは負け犬の遠吠えのみ。

「次こそアイアンマンになるからな!”Almost”とか言わせねーからな!!」

そんな俺に相変わらず優しい微笑みを向けてくれるオリヴィエ。そして、「なんでアイアンマンにそんなにこだわるんだ?」と静かに首を振るキャスパー。

俺がアイアンマンになりたい理由を彼らに説明している内に、ふと気がついた。俺の中で、いつの間にか「アイアンマン = 超人だけがやるもの」という図式が消えていたことに。「次こそアイアンマンになるからな!」など、2008年の時点では絶対に言えなかったことだろう。届きこそしなかったが、決して夢物語ではないのだ。

そして、アイアンマンになるのであれば、あのコース。洞爺湖で。やられっぱなしで終わりたくない。改めてそう思い、俺は横浜に戻ってきた。

ところが、2015年11月末、残念なニュースが入ってきた。アイアンマン・ジャパン北海道、2016年開催中止の報。主催者は一生懸命実現の可能性を探ってくれていたと、関係各所から聞いて知っていた。だから、仕方ないと諦めはついた。ただ、忘れ物を取りに帰る機会は失われてしまった。それだけが残念であった。

洞爺湖でアイアンマンになることはできない。それなら、やれることは一つしかない。海外のアイアンマンに参戦することだ。

それならば、どこにすべきだろうか。スイスのいたずらっ子どもは、「アイアンマン・チューリッヒはどうだ?Almost IRONMANコール全開で応援してやるぞ ( ̄▽ ̄)」などと言っていた。…絶対にそこだけはやめておこう。少なくとも、次ではない。

どうしようかと考えていると、”最速不動産王” 遠藤さんから誘いがあった。アイアンマン・ケアンズに、学生時代の親友「みずお」という男とエントリーするという。そこに一緒に行かないかというのだ。

洞爺湖挑戦にあたり、遠藤さんにはとても世話になった。レースの少し前、バイクコースが急遽変更され、世界最高峰の難易度と噂されるようになり、途方に暮れていた俺に助け舟を出してくれたのは、他ならぬ遠藤さんだった。カズさんと相談の上、「荒療治でいきましょう」の一言で、俺は真夏の道志アタック190kmに挑むことになったのだ。しかも二度も。

Doushi Attack_1

とんでもなく苦戦した二度の道志アタック。遠藤さんやマッサ、みんなの背中が見えなくなってしまったとき、遠藤さんはいつも先で待っていてくれた。俺が熱中症で死にそうになったときは、氷水を頭からぶっかけてくれた。もっとダメになったときは、秘技「タ◯キ◯に氷を押し当てる術」を教えてくれた。皮に貼り付いて死ぬかと思ったが、それはタマタマだろう。

Doushi Attack_2

それでも結局、俺は洞爺湖を完走できなかったわけだが、あのバイクコースを曲がりなりにも乗り切れたのは、遠藤さんのおかげに違いない。洞爺湖から帰ってきて、同じビルにある遠藤さんの事務所を訪問し、「すみません」と謝ったら、「また練習しましょう」と言ってくれたのが嬉しかった。

Doushi Attack_3

その遠藤さんがエントリーしたアイアンマン・ケアンズ。洞爺湖に再挑戦できなくなり、海外のアイアンマンに行く他なくなった俺。これはもう答えは見えている。

こうして2015年11月30日、俺はアイアンマン・ケアンズにエントリーした。Almost IRONMANではなく、アイアンマンになる。

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第5話「モーニングマン」に続く

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