アイアンマン・ケアンズ挑戦記 2016 – 第3話「鉄人、届かず」

      2016/08/13

Challenge IM again

第2話「何かの縁」に戻る

アイアンマンは超人だけがやるものだ。2008年、俺はハワイ島でそう思っていた。そして、実際そうだったのだろう。レース後、ボロボロになったゼッケンを眺めながら、洞爺湖の宿でそう思った。

Ironman Japan 2015_DNF

2015年8月23日、アイアンマン・ジャパン北海道、バイク162km地点。制限時間は刻々と迫ってくる。アップダウンの続く100kmの後に立ちはだかるニセコアンヌプリの激坂を越えた時点で、ほとんど体力は残っていない。それでも必死でペダルを踏んでいると、いきなり吐き気が込み上げた。

Ironman Japan 2015_Bike 1

バイクから降り、吐こうとするが何も出てこない。胃がひっくり返りそうだ。指を喉の奥に突っ込む。胃が痙攣するような感覚と共に、少しだけ吐くことができた。そのまま道端にうずくまっていると、2人横を通り過ぎていった。2人とも、「頑張って」「ガンバです」と声をかけてくれた。でも返事ができない。

気がつくと、両手両足が痺れていた。今年の宮古島、ラン30km地点で救急車に回収されたときと同じ症状。思わず仰向けに寝っころがる。

「お前にアイアンマンはまだ早い」

自分の中からそんな声が聞こえてきた。あのときハワイで必死に頑張っている人たちを見て、「アイアンマンは超人だけがやるものだ。別世界のものだ」と思い、結局何もしなかったではないか。

「Onを履いてアイアンマンになるんだ、いつか」

「ヒロキならきっとやれる」

2年前の洞爺湖で、オリヴィエと交わした約束がフッと思い出される。ここで諦めたらオリヴィエに何て報告すればいい。Onを履いてアイアンマンになるどころか、まだOnを履いてさえいない。

「まだ早かった。無理だったんだ」

そんな声がまた聞こえてきた。そんなことはない、まだ諦めていないと内側からの声を打ち消す。最後に2つ残ったMag-onジェルを、OXISHOT入りの水でえづきながら流し込む。すると、後ろの方からオートバイの音が聞こえてきた。

「大丈夫ですか?あなたの後ろは回収されました。あなたが最後尾です

絶望的な事実を告げられる。後ろの人たちはもう誰もいない。さっき通り過ぎた2人が最後だったのだ。

「回収バス、もうすぐ来ますよ。あれ…?もうしばらくは来ないかな?」

え?まだやれる?

「どうしますか?」

「やります!」

「名前とレースナンバー言えます?」

「376、駒田博紀です!」

言うやいなや、バイクを起こして先に進む。多分もう制限時間には間に合わない。でも、宮古島と同じ結果にはしたくない。諦めた状態で終わりたくない。そんなことをしてしまったら、もう二度とレースに戻って来れなくなる気がする。

ダラダラした登り坂を、力を入れないようにクルクル回して進む。というか、脚が痺れて元々力は入らない。後ろの方からオートバイが追いかけてくるのが分かる。回収バスはまだ来ていないと信じたい。

登り坂が終わり、今度は下り坂。惰性で下りたいが、空回りでも一応ペダルを回し続ける。しばらくすると痺れが無くなってきた。ほんの少しだけ、回復してきた気がする。すかさず踏み込む。一気にスピードを上げて走っていくと、さっきのオートバイが俺を抜いていった。

175km地点、いきなり急な登り坂が現れた。最後の最後にこんな坂をもってくるとは。ダンシングでグイグイ登る。162km地点で俺に声をかけてくれた2人を抜く。「頑張って」と声をかける。その後も何人か抜いた。その都度、「頑張って」と声をかけた。この人たちは、仲間だ。

「随分復活しましたね!頑張ってください!」と、さっきのオートバイに乗った人が声をかけてくれる。「はい!」とだけ返事をして登る。

Ironman Japan 2015_Bike 2

苦しみに苦しんだバイク180kmがようやく終わった。9時間10分。スイムと合わせて10時間38分。制限時間を8分オーバー。ここで終わりか…。

「まだ間に合いますよ!制限時間15分延長です!!」

信じられない言葉が聞こえた。バイクフィニッシュ地点のスタッフが「15分延長」と叫んでいる。間に合ったのか。走ってもいいのか。

「関門閉鎖まで3分です!」

バイクをラックにかけて、トランジションエリアで猛烈な勢いで装備を変える。クラウドサーファーを履いて飛び出す。

ランコースに出てすぐのエイドには、VAAMも塩サプリも、レッドブルまであった。バイクのエイドとえらい違いだ。バイクのエイドは、俺のときは水しか残っていなかったのだ。

レッドブルを飲みながら、スタッフに「間に合いましたか?」と聞く。「大丈夫です!」と言うのを確認して、ランスタート。走り出してすぐ、背後から「関門閉鎖です!」と聞こえてきた。危なかった。

TIMEXは16時50分を示している。まだ信じられないが、バイクの最終関門は15分延長されていた。知らなかった。そんなことあるのか。もし、「どうせ間に合わない」と思って力を抜いていたら、延長された関門にも間に合わなかっただろう。全力を尽くして良かった。

フィニッシュラインの制限時間である23時まであと6時間。キロ8分ペースで間に合う計算だ。焦ることはない。また痺れてきた手足を回復させて、それからペースを上げればいい。さっきのエイドでもらった塩サプリをかじりながら、ゆっくり走る。

「ラン1km」の標識が見える。キロ8分ペースだ。これならいける。焦らず補給しながらいけば、必ずアイアンマンになれる。砂利道に入る。いよいよ難所のトレイルコースか。頑張ろう。

「はい、関門締め切りです!」

え?

頭が真っ白になる。締め切りってどうして。さっき関門はクリアしたはずだ。

「なんでですか?まだ時間あるじゃないですか!」

思わずスタッフに食ってかかる。

「バイクは15分延長されたようですが、ここは延長されてないんです、すみません…」

「まだ6時間くらいありますよ…」

「道路封鎖を続けられないんです、すみません…」

そうか、それなら仕方ないか…。バイクの元々の関門に間に合わなかった俺がダメだったんだもんな…。ご褒美で少しだけ走らせてもらったと思おう。

でも、まだ6時間もあるのに。アイアンマンになれたはずなのに。フィニッシュラインでみんな待ってくれているのに…。

IM Japan 2015_On Japan

19時30分、回収バスに乗ってフィニッシュラインのある「洞爺湖万世閣」に向かう。周りの人とにこやかに話せている自分に少し驚く。途中、一ヶ所別の場所に停車する。ここでも回収される人がいるようだ。

回収バスは、とあるエイドステーション近くに停車した。喉が渇いて仕方なかったので、バスを降りてエイドでレッドブルをもらう。もう真っ暗な中、何人か通り過ぎる。

「次の関門は何時までですか?」

スタッフに必死の形相で質問する選手。スタッフがある程度余裕のある制限時間を答えるが、すぐに理解できていないのか、「え?それ、間に合うかな…?」と独り言を言っている。

「絶対間に合います、頑張って」と思わず声をかける。こちらを向いた選手と目が合う。彼は「ありがとう!」と言ってガッツポーズを見せてくれた。「頑張って!」ともう一度声をかける。背中越しにうなずく選手。絶対に間に合って欲しい。

20時30分、万世閣に到着。フィニッシュラインはさぞ盛り上がっているのだろう。気が重い。のろのろと玄関をくぐり、会場へ向かう。すると、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

「駒ちゃん!」

室谷さん…」

室谷さんが背中を叩いてくれる。目の前が少し滲む。「すみません」としか言葉が出ない。「また頑張ろう」と言ってくれた気がする。

「多分、鎌ちゃんたち、フィニッシュラインの方にいると思うよ!」と室谷さんから教えてもらったので、そちらの方に向かう。

「You are an IRONMAN!! やったー!かっこぅいーよ!!」

DJの名物男、ウィットさんの声が聞こえる。彼の ”You are an IRONMAN” コールを聞いて顔が歪む。これをフィニッシュゲートの外で聞くなんて。

カズさんヤスコさんも見当たらない。それはそうだ。みんなランコースで応援してくれているはずだ。アスリートトラッカーから突然消えてしまったのだ。さぞ心配させていることだろう。

「博紀」

……誰か呼んだような気がする。

「博紀!!」

向こうからまどかが走ってくる。なんでここに。まだコースにいるのかと。思わず抱きしめる。

「どうして?みんなは?」

「回収バスが見えたから、もしかしたらと思って…」

喉の奥が詰まって何も言えない。ただ「ごめん」とだけ言う。フィニッシュラインをチラリと見て、2人で会場を後にした。

”You are an IRONMAN!!”

背中の方からまたアイアンアンコールが聞こえた。俺には届かなかった。

IM Japan 2015 finish gate

2015年8月25日、洞爺湖から横浜に戻ってきた。一足先にオフィスに戻って仕事をしていたヤスコさんにお礼を言う。わざわざ洞爺湖まで来てくれたのに、しょうもない姿を見せてしまった。

「アイアンマンは甘くありません」「大事なのはこの悔しさを忘れないことです」とカズさんが言っていた。忘れないようにするため、オフィスのホワイトボードにボロボロのゼッケンを貼り付ける。そして、スイスの人たちがよくやっているように、そこに俺のタスクを書き足す。

“Hiroki – Challenge IM again!!”

次こそは、Onを履いてアイアンマンに。

Challenge IM again

第4話「Almost IRONMAN」に続く

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