アイアンマン・ケアンズ挑戦記 2016 – 第14話「You are an IRONMAN」

   

Ironman Cairns Finish_1

第13話「今度こそ消えない」に戻る

残り40km、残り6時間半。横になっていた20分は痛いが、痺れはだいぶ治まった。エイドのみんなに感謝だ。足元を確かめるように、歩きからランへ少しずつペースを上げる。

痺れは治まったが、全身の倦怠感が強い。そして不思議なことに、汗が全く出てこない。救急車で横になっていたときからそうだった。だんだん体温が高くなっていく。顔が紅潮しているのが分かる。早くエイドにたどり着かなければ。

内心焦りつつ足を早めていると、アボリジニーのおばちゃんが守るエイドまで戻ってきた。

「戻ってきたわね!あなた水しかいらないんだったわね」

水のカップを受け取り、水を口に含むが、やはりあまり受け付ける気がしない。一口含んだだけでそれ以上飲もうとするのはやめ、残りは全部頭にかける。

「もっとちょうだい」

「水だけでいいの?」

「プレッツェルは後にする」

一応、ジョークを言えるくらいの心の余裕はあるらしい。頭に水をかけながら、少し安心する。

エイドを後にして少し進むと、ランスタート地点に戻ってくる。見慣れたシマシマタンクトップを着ている男が見える。もう帰ってきたんだ。小さく彼の名を呼ぶ。

「駒田さん!!いけぇーーーー!!!」

遠藤さんってこんな大声も出すんだ。普段は寡黙な方なのに。背中越しに声援を受けながら、一昨日もらったアドバイスを思い出す。頭の中で、彼の言っていたことを反芻する。

「シューズの反発を最大に受け取れる位置を探してください。ペースが遅いときの方が、その位置はむしろ見つけやすいです。後傾した姿勢、前傾した姿勢、あえて極端な動きをしてみると、その中で『ポンッ』と弾むように動ける姿勢が見つかります」

見つけた。弾むように動ける姿勢。その姿勢を覚え、少しだけペースを上げる。さっきより楽に走れる。このまま次のエイドまで行こう。

エイドでは水をかぶり、申し訳程度にバナナをかじる。バナナをかじると吐き気が戻ってくるので、一口分の水で押し流す。吐き気が治まるまで歩く。吐き気が治まってきたら走る。その繰り返しで先に進む。

ようやく10kmを超え、市街地の大通りを走っていると、ハイテンションな応援の人たちの中にまどかが見えた。余裕はないのにホッとする。「大丈夫?」と聞かれたので、「うん、大丈夫」とだけ答える。「ここで応援してるから」と心配そうにしている彼女に軽く手を振り、2周目に入る。

手首には赤と緑のリストバンド。まだ1本足りない。3本揃えなければゴールできない。先は長いとげんなりしかけたが、そんなことを考えていても仕方ない。クラウドサーファーの反発を受け取れる姿勢だけを意識する。

埠頭の方に進むと、青白のシマシマウェアが向かってきた。「駒さん!」と笑顔を見せてくれるみずおと軽くハグし、元気をもらって先に進む。

家族、仲間、ボランティア、彼らがいなかったらとっくに終わっている。これだけサポートをもらっているのだから、絶対に完走しよう。吐き気や痺れが現れそうになったら歩き、大丈夫そうになったら走る。

2周目の終わりに差しかかる頃、選手全員をひときわ大きな声で応援しているモヒカンの男性が見えた。「Samさん…」と小さく声をかける。

「こまっち!……苦しいか、そうか、頑張れ!!」

なんて優しい「頑張れ」だろう。深く感謝しながら、うなずきだけ返す。

3周目、最後の白いバンドを受け取る。あと1周を残すのみ。定位置で俺を待っていて並走しようとしてくれるまどかに、「大丈夫、フィニッシュラインで待ってて」と伝えて前に進む。

32km地点。残り10km、残り時間120分。万が一、また足が痺れて全部歩いたとしても、これならもう間に合う。間違いなく、俺はアイアンマンになれる。

アイアンマンになるという目標が達成できるなら、それに加えてもうひとつ、俺には小さな目標があった。深夜0時になる前にフィニッシュラインに戻ること。初めてアイアンマンを体験したコナでは、深夜0時が最終カットオフタイムだった。そのとき、「深夜0時になる前に戻って来ればアイアンマン」という印象が強烈に焼き付いたのだ。

もちろん、ケアンズではそんなことはない。最終カットオフタイムは、0時40分。冷静に考えれば、0時にこだわる意味がさほどあるとも思えない。それでも、あのコナのTIMEXの大時計が0時を指す前に、必死に戻ってこようとしていた選手達の姿が忘れられない。俺は少しペースを上げた。

残り4km、最後の折り返し。真っ暗な道を進む。フィニッシュラインの方から、DJのアイアンマンコールが聞こえてくる。俺もついにアイアンマンになれるんだ、そう考えたら気持ちが昂ぶってしまい、思わず視線を上に向けた。一面、星が見える。ずっと下ばかり見ていたので気がつかなかった。

「すごい星」と感嘆の思いが口をついて出た。すると、周りを走っている選手たちも空を見上げたようだ。ため息のような声が聞こえる。

「アイアンマンになれるね、俺たち」

誰に話しかけるでもなく呟くと、2-3人が俺の肩をパンパンと叩いた。

残り1km、深夜0時までギリギリ。ここで行くしかない。痺れと吐き気ばかり気にしていたためか、脚はまだ残っている。一気にペースを上げる。

「よくやった!」

「カッコいいぞ!」

「もうすぐだ、行け!」

沿道の人たちが、最大限の褒め言葉を投げかけてくれる。日本語で「ありがとう!」と返し、ハイタッチしながら進む。

……帰ってきた。あそこを右に曲がればフィニッシュライン。

手を伸ばしてハイタッチを求める観客の中で、一際腕を大きく伸ばして声を張り上げる人がいる。遠藤さん。ずっと待っていてくれたんだ。何時間待たせたんだろう。彼に向かってスパート。バチーンと渾身のハイタッチをして、そのまま右に曲がる。

Ironman Cairns Finish_2

一瞬、視界が真っ白になる。目が眩むほどのスポットライト。見えるのは、足元に伸びるMドットが刻まれた赤いカーペット。そして、両側から伸びてくる、ハイタッチを求めるたくさんの手。両腕を広げるようにして、ハイタッチをしながらダッシュする。DJが何か言っているようだが、何も分からない。

Ironman Cairns Finish_3

フィニッシュラインを越えた瞬間、両腕を突き上げる。思い切り叫ぶと同時に、頭の中で別の声が聞こえた。

“Hiroki Komada! You are an IRONMAN!!”

Ironman Cairns Finish_1

手元のTIMEXを見る。目標達成。深夜0時までに戻ってきた。

俺は、アイアンマンだ。

Run 42.2km: 6:26:38

Overall 226km: 15:38:59

第15話「彼女がくれたアイアンマンコール」に続く

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