アイアンマン・ケアンズ挑戦記 2016 – 第13話「今度こそ消えない」

   

Ironman Cairns_run

第12話「少しの成長、ささやかな矜持」に戻る

トランジションでクラウドサーファーに履き替えながら、今年の宮古島のフィニッシュラインを越えた直後のことを思い出していた。

仲間たちと写真を撮り、フィニッシュゲート脇の芝生に倒れこんだ直後、両腕両脚、そしてみぞおち近くまで一気に上がってきた痺れ。メディカルテントでOS-1を渡され、30分かけてチビチビ飲み、それでも完全には回復しなかった。

今、両手両足が痺れ始めている。バイクの途中から胃が補給を受け付けなくなっていたため、脱水症状になりかけているのかも知れない。この痺れはまずい。あのときと同じだ。不安が襲ってくる。

ランコースは、エスプラネードの市街地を周回する。1周14kmを3周。アスリートガイドによれば、2kmごとにエイドがあるらしい。随分と手厚い。まずは2km先のエイドにたどり着き、何か補給をしたい。

トランジションを出て走り始めたが、数十メートル走っただけで、足の指先から足の裏まで痺れが広がってきた。足の裏の感覚がほとんどない。ゾッとしてすぐに歩きに切り替える。歩いていると、痺れは広がらないことが分かった。

なるべく早足で歩きながら、観客の前を通り過ぎていくと、突然日本語で呼び止められた。

「すいません!それ拾ってもらえませんか?」

急ブレーキで止まると、脚にガクッときた。足の裏の感触がまた消えそうになる。一体何かと思って振り返ると、少し後ろに子供用の風船が落ちている。

「そこに入れないので…お願いします」

この瞬間の俺の精神状態は酷かった。一瞬、ものすごく攻撃的な気持ちになった。「ふざけんな、俺に言うんじゃねぇよ」と猛烈にイラつき、その母親を刺すような視線で見てしまった。しかし、隣にいる子供を見てすぐに反省した。気持ちを和らげ、風船を拾い、その母親に渡す。

少し先まで進み、1周目のしるしである赤いリストバンドをもらう。これを3つ揃えた状態で、はじめてフィニッシュラインに向かうことができるようだ。赤いリストバンドを右手にはめ、少しずつ歩きのペースを速める。頭と胸を前に突き出すようにして、その重みで前につんのめるような形。脚の筋肉をなるべく使わず、重心移動だけで進む。

横浜の本牧埠頭を少しオシャレにしたような雰囲気の場所を過ぎ、おぼつかない足取りで進んでいると、どこからか「ダンディー!!」と声が聞こえてきた。おのれ、ダンディーじゃなくてダンディズムだと何度言えば…キョロキョロするが視界が狭く、誰が言ってくれたのか見つけられない。無視するような形になってしまい申し訳ない、と思いつつ先を急ぐ (後に、Jackさんと判明)。

17:40頃、2km地点の最初のエイドが目に入ってきた。よかった、間に合った。

「水いる?コーラいる?プレッツェルいる?」

大きな声で選手たちに声をかけている、アボリジニーらしき大きなおばちゃんから、スポーツドリンクを受け取る。薄いパイナップル味のような、なんともハッキリしない味だ。

「不味い」と思った途端、また吐き気がこみ上げてきた。口に含んだスポーツドリンクを吐き出してしまう。フラフラとエイドのテントの裏に回り、座り込む。

「あらあなた、大丈夫?水いる?」

「ううん、水はいいや…。少しここで休ませて」

ゴロンと横になると、恐れていたことが起きた。驚くほどの速さで痺れが上がってきたのだ。ふくらはぎ、膝、太腿、そして腹。口も痺れてしまう。

「そこで寝ると痛いわよ!枕いる?」

「うん、ありがと…お願いします」

アボリジニーのおばちゃんは、どこに持っていたのか、畳んだ毛布を俺の頭の下に入れてくれた。随分楽だ。

「スポーツドリンクいる?プレッツェルいる?

「プレッツェルは…口がパッサパサになるから…(笑)」

このおばちゃん、何故かプレッツェルを推してくれる。塩気があるものは食べたいのだが、水分を根こそぎ奪われそうで怖い。以前、宮古島の私設エイドでサーターアンダギーを食べたときのことを思い出してしまった。

雨が降ってきた。バイクで走っているときも、度々シャワーのように雨が降っていた。あのときはありがたかった雨が、今はあまり嬉しくない。空をボーッと眺めていると、視界にイケメンと美女が飛び込んできた。美女がニコリとしながら話しかけてくる。

「ここで寝ていると身体が冷えますよ。毛布をかけましょうか?」

「はい、お願いします」と答えると、アルミホイルのようなものを持ってきてかけてくれた。山に入るときの緊急用品のあれだ。これで寒さをしのげるのだろうか、と少し疑問に思っていると、イケメンの方が提案してきた。

「あそこに救急車がある。そこまで行かないか?」

救急車…これは暗にリタイアを勧められているのだろうか。「病院に連れて行かないで欲しい」と痺れた口で主張すると、「大丈夫ですよ、病院には行きませんから」と美女が請けあってくれた。

それならとゆっくり立ち上がり、救急車の方に歩く。救急車の中にはベッドがあり、そこに横になるように促された。

「本当にやるのか?やめてもいいんじゃないのか?」

イケメンが俺に選択肢を示す。やめてもいいんじゃないのか。あと40km、この状態で行けるのだろうか…。

やめたらどうなるのか。とりあえず、アスリートトラッカーから突如消えるのだろう。去年の宮古島、そして洞爺湖で存分に使い倒した「アスリートトラッカーから消えるの術」をまた披露することになる。応援してくれている仲間たちをまた裏切ることになる。

遠藤さんはきっとやってくれるだろう。みずおも、遠藤さんとの初アイアンマンに期するものがあるはずだ。それなのに、俺だけDNF?みんなの喜びに水を差し、打ち上げが打ち上がらないこと甚だしい。何より、2連敗はあり得ない。

「やる。アイアンマンになりたい。止めないでくれ」

ハッキリと口にする。良きにつけ悪しきにつけ、口にしたことは実現するのだ。イケメン救急隊員は、ニヤリとして答える。

「…お前次第だ。止めないよ」

「でも5分だけ寝かせてw」

「分かった(笑) ベッド使っていいから」

謎のパイナップルフレーバーのスポーツドリンクをチビチビ飲み下し、「痺れ早くおさまれ」と念じ続け、「5分だけ待ってくれ」とイケメンに5分ごとに4回言う。

そして20分後、痺れは指先・足先まで引っ込んでくれた。これならいけるはず。

「ありがとう、行ってくるよ」

「頑張ってね」

「アイアンマンになれよ」

美女にペコリと頭を下げ、イケメンと握手し、さあ行こうとしたとき、さっきのアボリジニーのおばちゃんが仲間を連れて俺の前に現れた。

「あなた行くの?プレッツェル食べなくて平気?

プレッツェルはいいや(笑) でもありがとう!行ってくる」

すると、おばちゃんは大きく手を広げ、ハグしてきた。

「あなたヒーローよ!ハグさせて!」

すごい力だ。鯖折りに近い。でも嬉しい。おばちゃんの体温を存分に感じ、俺は先に進み始めた。少し元気になっている。

「じゃあ、また!」

「プレッツェル食べに戻ってきなさいよ!」

思わず噴き出す。彼らのおかげで、心の余裕が戻ってきたようだ。今なら、風船であろうとプレッツェルであろうと笑顔で拾える。さっきの弱い自分を反省する。

残り40km。残り、約6時間半。大丈夫、イケる。

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第14話「You are an IRONMAN」に続く

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