もし今「耐えられない」と思うのなら。

      2018/08/07

雲を集める旅2017

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ほんの5年ほど前、俺は全てに行き詰まりを感じていた。

鎌倉のマンション

 

大事に思っていた実家が無くなり、子供と別れることになり、金はほぼ全て失い、打ち込める仕事も無くなりそうになった。もう生きていても仕方ないようにすら思えたものだ。

 

不思議なことがある。

過去のある時点で「どうしようもなく不運だ」とか「これ以上は耐えられない」と思っていたことでも、今になって振り返れば「あれはいい出来事だった」と思うことがあるからだ。

今、俺はそう思っている。そして、それは結果論とは違う。

Cloudracer13

 

この一連の時間軸で俺が学んだことは、こうだ。

 

「その時点での出来事の良し悪しは、その時点の自分の力では判断できない」

 

事実、あの時死んでしまいたいとすら思った「悪い」ことであっても、そこで投げ出して終了させなければ、今につながる「良い」ことのキッカケになっていたりする。

「その時点」の俺では、その後の未来など分からない。分かるはずがない。

だから、今「悪い」と思いがちな出来事が起きたときは、そこで判断を終了させないように意識している。そうではなく、こう考えるようにしている。

 

「これもまた、きっとうまくいく伏線だ」

 

未来の俺が今を振り返ったとき、いいストーリーを描けていることを信じつつ、そう思うようにしている。

そうすると、結構本当にいいことがあるものだ。どういうルートを辿るかは知る由もないが、それでもいいことになる。そう信じる心のクセをつける練習をしてきたのだ。

あのときの経験が、俺にそれを教えてくれている。あのとき、投げ出さなくて良かったと。あのときの出来事を近視眼的に「悪い」と判断して、全てを終了させていたとしたら、ストーリーはそこで終わっていたのだ。

もし今「耐えられない」と思っても、きっと大丈夫だ。ストーリーが続く限り、きっと良いことは待っている。

そう信じれば、本当にそうなる。少なくとも、俺はこれからもそう信じて進む。

雲を集める旅2017

 

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次回「過去の自分へ、たったひとつのアドバイス」に続く

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