否定文で自分を鼓舞することはできない。

      2018/09/19

May Storm and Yasuko_2

前回「アキコ、入籍報告で来社」に戻る

 

前職で商社マンとして働いていた頃、月初・20日・月末と大きく3回に分けて、その月の売上予測を上司に報告することになっていた。

俺がその会社に入社したのは2005年。その当時、俺が担当していたブランドは、年間を通じて売上が厳しかった。チームリーダーは、いつも上から呼び出され、数字で詰めに詰められていた。

その頃、「最後まで諦めるな!」という言葉があちこちで飛び交っていた。しかし、そういう言葉が蔓延すればするほど、会社の雰囲気は悪くなっていった。「別に諦めているわけじゃないんですが…」と前置きして話を始める人たちの顔は、もうどこからどうみても諦めきっていた。そして、当然のように結果は悪いものに終わるのが常だった。

 

この頃から、本当は心の底では気がついていたような気がする。それは、「否定文は自分の心には届かない」ということだ。

それが本当に腑に落ちるようにして分かったのは、2015年と2016年の宮古島トライアスロンのこと。

2015年の宮古島トライアスロンは、ラン30km地点でDNFに終わった。苦しくて仕方なかった終盤、ふたつの言葉が頭の中を交錯した。その中のひとつは、かつて手垢がつくほど使い倒した言葉であった。

 

「ダメかも知れない」

 

「最後まで諦めない」

 

Strongman 2015_DNF

 

「最後まで諦めない」という言葉は、一見美しい。頑張っている感じがする。

しかし、それを繰り返し頭の中で使うとき、それは確実に自分の心の中でこう変換されていた。

 

「ダメかも知れない」

 

「やっぱりもうダメかも知れない」

 

そして俺はDNFした。

 

Seirogan

 

「諦めない」という言葉を自分にかけるとき、脳裏には「ダメになって諦めた状態」の自分が浮かんでいた。「諦めない」と言いつつ、その言葉から生まれるマイナスのイメージを必死に打ち消そうとしていた。

あのとき俺は、否定文ではなく、肯定文で自分を鼓舞すれば良かったのだ。

 

それが分かったのは、2016年のレース途中。バイクが終わり、ランに入った直後のことだ。

そのときもそれなりに苦しかった。しかし、ランコースに出た瞬間、こう考えた。

 

「絶対に完走する」

 

「勝ったも同然」

 

May Storm and Yasuko_2

 

その瞬間、パッと分かったのだ。否定文で自分を鼓舞することはできない。

「諦めない」ではなく、「必ずやり遂げる」だ。そうでないと、自分の心には届かない。

 

それ以降、俺は自分に対する言葉遣いに少し気をつけるようになった。

 

次回「屋久島ダメージ、意外とひきずる。やれることをやる」に続く

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