教えを忘れた空手家。

   

六法全書

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「こんなこともできないのかよ!だから勉強だけしてた奴なんて使えないんだよ」

 

25歳にしてはじめて就職した小さな専門商社の事務所で、俺は上司から叱責されていた。

黒帯をとって10年。あれから色々あった。大学に入り、小暮先生が亡くなった。空手の稽古を細々と続けながら司法試験の勉強をしていたが、空手は徐々にやらなくなっていった。

今思えば、身体を動かさなくなったことで、精神的に不健康になりつつあった時期だった。当時は、今の法科大学院制度に基づく新司法試験とは違い、いわゆる「10年選手」が多数見られた時代だった。30歳になっても40歳になっても合格できず、精神的に病みかける人間を予備校でたくさん見かけた。

ブツブツ言いながら甲高い声で突然笑ったり、見た目に全くの無頓着になって髪の毛を掻きむしりながら六法を読んだり、そういう人はさほど珍しくなかった。

六法全書

大学卒業後、司法浪人となった俺も、徐々に不健康になっていった。例えば、就職した友達と会うのがイヤになっていた。「学生時代とは違って忙しい」「駒田はまだ勉強してられていいな」のような優越感を含ませた物言いにうんざりさせられた。

「真剣に勉強したことのないお前なんかに言われたくない」と言い返したこともあった。そして、二度と会わなくなった人もいた。

ただ、俺が本当に「真剣に」勉強していたかは疑わしい。本来、勉強が苦手な方ではない。論文試験の模試で、模範解答として選ばれたこともあった。

しかし、大学を卒業してからは徐々に精彩を欠いていった。将来に対する漠然とした不安、周りの同世代から置いていかれる恐怖。そうしたネガティブな感情が、自分自身を縛りつけ、集中して勉強することができなくなっていった。

集中できずにダラダラやっていて、結果がついてくるはずがない。1年、また1年と時間だけが過ぎていった。元々、勉強というものに対する自己評価は高かった。しかし、それがいつの間にか反転して「俺なんかにできるはずがない」と思い始めた。

 

「自己を高く評價するな弱きに失するな」

 

「修練は真剣に」

 

拳生会_2

 

この頃、俺は小暮先生の教えを忘れていた。そして、俺は逃げた。

25歳になったときに就職した。就職自体が逃げだったのではない。「25歳になって結果が出ていなかったら就職することに『最初から』決めていた」と自分に嘘をついたのだ。それは、逃げ以外の何物でもなかった。

逃げの精神で入った会社で、俺は散々だった。パソコンもロクに使えず、人とうまくコミュニケーションの取れない俺は、上司から叱責され続けた。

そして、就職してから1年半後、俺はまた逃げた。次の就職先も決まっていないというのに、「もう辞めさせてください」と上司に申し出たのだった。

小暮先生に教わったはずの空手家の心。生活に活きる空手。そんなものは俺の中のどこにも見当たらなくなっていた。

 

次回「休んでもいい。心の中で辞めなければいい」に続く

※ 当時の自分を思い出すと腹が立ちます。こんなことで結果が出るはずがありませんね。
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