人並みの自分になるために。

      2017/03/19

拳生会_3

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俺はその日も「追い突き」を繰り返していた。なんとも地味な技だ。

右脚を大きく前に出し、地面をしっかり踏みしめてから右正拳を突き出す。それから左脚を大きく進め、「深いアキレス腱伸ばし」のような体勢になってから左正拳を繰り出す。その繰り返しだ。これを何往復もする。

深く腰を落とした姿勢を維持するのはつらい。しかし、少しでも腰を高くすると、小暮先生の目が光る。あるいは、先生の首が傾げられる。すると、この追い突きはやり直しになってしまう。何十分もずっと追い突きだけしたこともあった。

それまで運動経験がゼロに等しかった俺にとって、空手の稽古は楽ではなかった。基本だけ繰り返す稽古は、ときに退屈でもあった。でも、心の中で「もうこれしかない」という思いが確かにあった。人並みになるためには、もうこれしかないと。

少し校庭を走っただけで息ができなくなるのはいやだった。体力のある同級生に、体力にモノを言わせてねじ伏せられるのは悔しかった。夜中に発作を起こして、座った姿勢で眠れずに過ごすのは怖かった。少しくらい学校の勉強ができたからって、一体何になるというのだ。

だから、毎週日曜日の夕方5時からの2時間は、俺にとっては大事な時間になった。人並みの力が欲しい。恐怖から逃れたい。そんな思いが俺の根っこにどっかりと座り込んでいた。この拳生会が、人並みの自分になるための最後の砦のように感じていた。

拳生会_3

 

空手を始めて2年ほど経ったある日、アメリカからジョンという高校生がホームステイに来た。なんでそういうことになったのかは覚えていないが、父親の仕事関係だったと思う。

ジョンはボクシングとウェイトトレーニングをしていると言っていた。体力と自信に満ち溢れ、いかにもアメリカ的だった。彼は俺の腕をつまんで、“Jelly!!” とからかってきた。まるでゼリーみたいにぷにゅぷにゅの情けない腕、というわけだ。

確かにそうだったと思う。空手の稽古はしていても、外見的には大きな変化は起きていなかった。喘息の発作の頻度が減ったくらいだ。しかし、それは俺にとって大きな変化だった。だから、俺はジョンの嘲笑に腹を立てた。殴りかかったがあっさりと組み伏せられ、マウントポジションのような格好になり、「ごめんなさいと言ってみろ」と笑われた。意地でも謝ったりなどしなかった。

俺が空手の道場に通っていると聞くと、ジョンは興味を示した。「ヒロキはブラックベルト…なわけないよな」と笑いながら、とある日曜日に道場までついてきた。

その日、どういうわけか道場に小暮先生はいなかった。ただ、小暮先生の義理の息子で師範の藤原先生がいた。その日、藤原先生がジョンに空手の手ほどきをした。

アメリカ人がみんなそうだとは言わないが、傾向として「自分より強いかどうか分からないヤツから指導は受けない」という気持ちがあるようだ。自分より背の低い藤原先生をどう思ったのか、ジョンは「先生、スパーリングさせてよ」と言ってきた。

藤原先生は、防具の胴と面をジョンに渡した。自分には何の防具もつけようとしない。「俺だけプロテクターを着けるの?」と少し不満そうなジョンだったが、ブラックベルトを相手にするのだからと自分を納得させ、防具を着けた。

ジョンの構えはボクシングそのもの。対する藤原先生は典型的な空手の構え。離れた間合いから牽制の左ジャブを放つジョン。全く動かない藤原先生。何度かジャブを打った後、ジョンは大きく踏み込んで右拳を振るおうとした。

次の瞬間、ジョンは板の間に転がっていた。大きく踏み込んだジョンの腹に、藤原先生の前蹴りがカウンター気味に突き刺さったのだ。防具を着けていなかったら、どうなっていただろう。

藤原先生はジョンを見下ろしたまま動かない。のろのろと起き上がったジョンは、勢いよく飛びかかった。大きく右拳を振り回す。フックともストレートともつかない中途半端なパンチだ。

それを藤原先生は硬い腕でガチンと受ける。受けられたジョンが小さな悲鳴を上げる。ひるんだジョンの間合いに踏み込んだ藤原先生の左右の正拳が、防具越しで胸板にめり込む。俺が何度も繰り返した、あの追い突きだ。あの地味な技が、こんなに美しく決まるなんて。

圧倒的だった。俺をあっさり組み伏せたジョンを、まるで問題にしていない。まさしく子供扱いだった。ジョンは汗びっしょりで息が上がっている。藤原先生は最初に立っていた場所から動いてもいない。

 

(僕もああなれたら……)

 

いつか先生のようになるために、まず人並みになりたい。そう強く願った。

 

次回「空手家であるということ。小暮先生の教え」に続く

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