「勝ったも同然」に込めた意味。幸せの前借り。

      2018/09/11

Finish Line 2016_1

前回「俺は何がしたいんだ、の先」に戻る

 

Onジャパンを立ち上げてから少しして、俺は「勝ったも同然」という言葉を作り出し、意識的に使うようになった。

 

残り6時間と少し。クラウドサーファーに履き替え、立ち上がってトランジションエリアの外へ出る。歓声がワッと上がる。笑顔が自然に浮かぶ。大丈夫だ、必ず完走できる。もうここまで来たら、勝ったも同然だ。
– 宮古島挑戦記 2016 第15話「#お前のハートにバキューン」より

Finish Line 2016_1

 

冗談半分にも聞こえるこの言葉には、かつて俺なりの意味を込めた。それは、「自分のありたい状態を先取り」するということだ。

つまり、まだ「勝った」状態でなくても、そうなったときに覚えるであろう感情を先に想像して、それを存分に楽しむのだ。

例えば、まだアイアンマンに完走していなくても、完走したときに感じるであろう達成感を想像する。このとき、「アイアンマンをまだ完走したことがないから想像のしようがない」とは考えない。何か別の達成感を覚えたときのことを思い出せばいい。

はじめてフルマラソンを完走したときのこと、年間営業予算を達成したときのこと、あるいは始めて5kmを走れたときのこと。何でもいい。そして、そのときに感じた達成感を思い出して味わう

すると、まだアイアンマンに完走してもいないのに (= 勝ってもいないのに)、完走したかのような (= 勝ったような) 達成感を味わうことができる。この状態を、俺は「勝ったも同然」と表現したわけだ。成功体験の前借り、幸せの前借りとも言える。

Ironman Cairns Finish_1

 

この状態になると、面白いことが起きる。本当に似たような「勝った」体験が転がり込んできたりするのだ。実に不思議なのだが、これは経験上よくあったことだ。

例えば、東京マラソンEXPO2017の開催前夜、俺は「勝ったも同然」状態に自分を置いた。

あのとき俺は、Onを手にした人が喜んでいる顔を見たときの嬉しさ、販売目標を達成した満足感、チーム全員でハイタッチして喜んでいるときの多幸感、これらを具体的に想像して楽しんだ。

だから、EXPO初日朝のブリーフィングで、「もう結果は出ています。あとはただそこに向かう過程なので、楽しんでください」と全員に伝えた。そしてEXPO後、俺は3日前に味わった感情を「追体験」したのだった。

東京マラソンEXPO2017

 

俺は、「自分はどうしたいのか」からさらに一歩先の考え方は「自分はどうありたいのか」だと考えた。

その「ありたい自分」をたぐり寄せる俺なりの方法が、「勝ったも同然」なのだ。

 

次回「北川 麻利奈 vs Onの北川 景子。謎の北川対決」に続く

※ 奥義・幸せの前借り。下の応援バナーのクリックをお願いします。
にほんブログ村 その他スポーツブログ トライアスロンへ
にほんブログ村

 - ブログ