スイスから戻って。

   

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「次は、雲の話」に戻る

1週間のスイス出張から戻ってきた。去年と同じく、ヴァレン湖のほとりの街「ムルク」に行ってきた。

結論から言えば、俺史上3位の英語死、堂々たる実績を挙げて日本に戻ってきてしまった。しかし、その内容は、1位の「ビッグ・イン・ジャパン」と随分違う。

あの頃は、TOEICの点数で言えば900点レベル。まあ大丈夫だろうと思っていたのだが、蓋を開けてみれば悲惨であった。誰が何を言っても、「え?」「もう1回言って」「ごめんもう1回」ばかり言っていた。相手は苦笑いをしながら、言い方を変え、スピードを変え、辛抱強く説明してくれた。結局、ほとんど何も話せないレベルだったのだ。

あれから1年8ヶ月が経ち、その短い期間で自分なりに経験を積んだ。スイス大使館のイベントで、パネリストとして語ることはできた。プレゼンで、狙った場所で笑いを獲ることもできるようになった。ある程度上達はしたのだと思う。

しかし、それでは全くもって不十分だった。

丁々発止のフリーディスカッション、あるいはディナーの席での日常会話、そうした場面での英会話こそが難しい。そういう場面になると、俺の「日本語⇆英語翻訳システム」の電池は急激に減ってしまう。電池が減り切ったところで、突然「ヒロキはどう思う?」と話を振られると、もうどうしようもない。見当違いのことを喋ったりしてしまった。

9月20日(火)、ムルクでの仕事が全て終わってチューリッヒ中心街に戻り、ホテルの部屋に入った瞬間。俺はひとり大きく悶え、思わずひとり言が出た。

「あぁー!もぅー!おればかー!!」

俺史上2位の最悪ひとり言であった。ちなみに、俺史上1位の最悪のひとり言は「ただいま…なんてな…!」である。

恥ずかしさと悔しさに塗れつつ、ベッドの上でゴロゴロ転がり、ひとしきり暴れた後、腹が減った俺はホテルのレストランでハンバーガーを食べた。ビールも一杯頼んでしまった。

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ビールを飲みながら、カズ・ヤスコ・アキコとグループLINEで話しているとき、俺の現状をトライアスロンに例えてみた。

「俺の英語力は、例えるなら『日本人枠のコナスロット獲得』レベルなんだと思う」

「エリート!」とカズがLINEの向こうで叫ぶ。しかし、俺はこう答えた。

「でも、『日本人枠』を取っ払ったらもうアカン。世界との差をものすごく感じる」

すると、「そのレベルにいるからこそ感じられる差ですね」とカズは理解してくれた。

「トライアスロンもそうなのかもね。そのレベルの人が分かる、『俺は全然ダメだ』という気持ち」

「まさに。競技に置き換えると非常に良く理解できます」

ムルクにいたメンバーの英語力をトライアスロンに例えて話していると、なんとなくこんな構図が見えてきた。

・マネジメントチーム: コナで優勝を狙うレベル。プロ中のプロ。

・各国ディレクター: プロカテゴリーで参戦し、上位入賞を狙うレベル。

・欧米マネージャー: トップエイジ。場合によってはプロに迫る勢いで強い。

・日本ディレクター(俺): 日本人枠。仲間は「すごい」と言ってくれるが、上と戦うのは難しい

・1年8ヶ月前の俺: アイアンマンDNF。

以前よりも高い目線になってきたことで見えてきた、「このままではマズい」という危機感。スイスから戻る機内で、それを痛切に感じた。

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さあ、レベルアップが必要だ。勉強しよう。走ろう。筋トレもして空手もしよう。

来年の今頃、「2016年は死んだな〜!」と笑い話にできるようにしたい。

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