空手ガンプラマラソン詐欺、荒行中の荒行 – 第1話「パンイチ空手」

      2016/09/05

Karategi

「ただいま…」

……

(……しまったぁ!)

「なんてな……!!」

2012年9月某日。ほぼ無意識のままバスと東海道線を乗り継いで職場に行き、丸一日何も考えられずにデスクの前で時間を過ごし、気がつけば、俺はまた鎌倉のマンションのドアを開けていた。

習慣とは恐ろしい。今日からもう誰も家にはいないというのに、俺は誰に帰宅宣言したのだ。誰に言い訳しているのだ。俺は泣いた。

人生史上最悪の独り言を虚空に放ってしまった俺は、とりあえずスーツを脱ぎ、Tシャツと短パン姿になり、やたら広くなった部屋の真ん中のソファーに腰を落ち着けた。

(さて、これからどうしよう…)

ここ数年間でテレビを観る習慣は無くなっていたし、俺の住むマンションは小さな山の中腹にあるので、夜はひたすら静かだ。

Kamakura house

(……思いつかねぇ)

とりあえずソファーから立ち上がり、部屋を大きくうろうろする。もうここには誰もいない。足音を気遣う必要もない。少し大きく足を踏み出してみる。その動きは体に染み付いたものだった。

(そうだ、空手…)

すっかり忘れていた。俺は空手家だった。とりあえず腰を落とし、正拳を出す。あまりしっくりこない。

一度立ち上がり、しっかりと構え直す。最初はゆっくりと、次第に速度と力を上げて拳を繰り出す。5年前まで毎日続けた動き、四股突き。しっくりこなかったのは最初だけで、身体は当然それを覚えていた。

(四股突きの次は、前蹴り…)

前屈立ちになり、前蹴りを放つ。膝裏の筋が痛い。どれだけ鈍っているのだ。何百回と蹴れたはずではないか。

じっくりと開脚ストレッチを行ってから、また前蹴りをやってみる。今度は少しマシだ。

四股突きと前蹴りをやっているうちに、息が切れて汗が噴き出してきた。Tシャツと短パンはもうびしょ濡れだ。どちらも脱ぎ、パンツ1枚になる。

どうせ誰も見ていないのだ。構うものか。俺は無心になって拳を振るい、蹴りを繰り出した。前蹴りだけではなく、足刀、回し蹴り、後ろ蹴り、全ての技を確かめるように動いた。

1時間後、フローリングには水たまりができていた。そして、窓ガラスには、ポタポタ汗を垂らし、全身からもうもうと湯気を立てているパンイチの男が映っていた。どこからどうみてもソリッドな変質者

先ほどまでのやるせなさ、悲しさ、そして怒りはすっかり消え失せていた。こんな姿で何を悲しめばいいというのか。

とりあえず寝よう。ゴチャゴチャ考えるようになったら、またパンイチになって稽古すればいい。俺は久しぶりにスッと眠りに落ちた。

Karategi

第2話「怒りの征遠鎮」に続く

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