過去の自分へ、たったひとつのアドバイス。

   

過去の自分へのアドバイス

前回「もし今『耐えられない』と思うのなら」に戻る

 

Facebookに「トリビア自己紹介」というコーナー (?) ができていたので、試しにやってみることにした。

 

 

なんだこりゃ。あごひげ、あるよ。見りゃわかんだろ。他に質問ないのか。

 

 

「過去の自分にアドバイスできるとしたら、どんなアドバイスをする?」

 

これは良い質問だ。山のように思いつく。恥ずかしながら、過去散々しくじってきたからだ。パッと思いつくアドバイスだと…。

 

 

「留学のチャンスがあるなら行っておけ。視野を広げろ」

 

「苦手なものから逃げるな。形を変えて襲いかかってくるぞ」

 

「遠距離恋愛からいきなり結婚に踏み切るな。無駄な男気出そうとすんなバカ」

 

 

などなど……。まあ、色々出てくる。

しかし、たったひとつだけアドバイスをするのなら、間違いなくこれだ。アドバイスというより、問いかけかも知れない。

 

「おまえは何がしたいんだ?」

 

これこそが、閉塞感しかなかった俺の人生を一変させた魔法の言葉だからだ。

鎌倉のマンション

 

それまでの俺は、「何がしたいか」よりも「何をすべきか」ばかりを気にして生きていた。

 

すべきことをやっているはずなのに、何だかいつも苦しい。

それは、俺の努力が足りないからだ。

だから、もっと「すべきこと」をしなければ。

でも、まだ苦しい。

 

……そんなことを延々と繰り返していた。この世に現れたちっちゃな無間地獄と言ってもいい。

しかし、もう本当にどうしようもないところまで追い込まれたとき、「おまえは何がしたいんだ?」と問いかけてくれた人がいた。

そこに至って、俺ははじめて真剣に考えたのだ。「俺は何がしたいんだ?」と。

ところが、これがなかなか難しかった。鈍った心ではすぐに答えは出なかった。

だから、あのときの俺は代わりに「好きなこと」を考えてみた。そうすると、少しずつ見えてくるものがあった。

あれは、心を動かすための練習だったのかも知れない。

「すべき」「しなければならない」よりも、「したい」「これが好き」を感じ取る練習だ。

それを繰り返していたら、いつの間にか現実の方が先に動いていた。

そのあと俺は、その流れにただ乗った。それがやりたいことだと感じ取れたからだ。

On office_2015

 

思うに、現実とは自分のあり方を映し出す鏡なのだろう。

現実が辛いなら、現実を変えようとさらに努力するよりも、自分のあり方、つまり心の使い方を少し変える練習をすればいいように思う。水面に映る自分の姿を変えようと水に手を突っ込んでみても、そこに映るものはただ歪むだけだ。

自分自身の経験から、そこまでは分かった。ただ、分かったように思っていても、きっとまた俺は悩む。

でも、俺はもう知っている。

また悩んだとき、俺は自分にこう問いかければいい。

 

「だから、おまえは、なにが、してぇんだよ!」

 

それがまた俺を一歩先に進めてくれる。

 

次回に続く

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